第一章

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自分の描いた絵が日本中の子どもたちに届いて、見てもらえると思うとうれしくて仕方なかった。 百合子はもちろん、颯にも絵本を読み聞かせた。 その本の題名は、「絵本の国」 つらい境遇の中で生きる子どもたちが現実世界から絵本の国に招かれ、そこで出会ったやさしい女王と不思議な動物たちと一緒に、女王のお城で末永く幸せに暮らすというお話だった。 「もう、お店の中で走り回っちゃダメでしょ!」 「はーい」 返事はいつもから返事。 甘やかしたつもりはないのに、颯は百合子が人前では怒鳴らないのをいいことにわがまま放題だ。 春休みじゃなければ、颯が幼稚園に行っている間に買い物を済ませるのに……一緒に連れて行くとあっちこっちと走り回って周りに迷惑をかけるし、試食コーナーから離れようとしないし、自分のペースで買い物ができない。 しかも今日は生理の二日目。 百合子はイライラしながら颯をたしなめ、買い物を続けた。 早く帰って頼まれたデザインを仕上げないと、もう締切がせまってる。 「もう、走っちゃダメって言ったでしょ」 「走ってないもーん」 「お母さんの言う事聞かないならもうおやつ買ってあげないからね」 「やーだー!」 颯が駄々をこね始めるとその泣き喚く声はサイレンのように店中に響き渡る。 もう、勘弁してよ。 その小さな体のどこからそんな大声が出るのよ。 「今すぐ静かにして」 「やーだー! チョコ買うー!」 頭が痛い。 大声でわめき散らす颯の顔を平手で打ちたい衝動を必死に抑えた。 お腹が痛む……薬はあと何錠残ってたっけ。 颯が駄々をこねる度、歯を食いしばって怒りを抑える。 子どもというのは本当に場所を選ばず大声で騒ぐのだ。 傍らを通り過ぎる老人の舌打ちが小さく耳に届く。 彼の目は百合子にこう言っているようだった。 (うるせえガキだな。どうせ馬鹿な母親が甘やかしたんだろ。早く黙らせろ) 颯は棚に置いてあった板チョコを手でつかむと、買い物かごに投げ込んだ。 「いい加減にしなさい! お母さんの言う事を聞けないならうちの子じゃありません! もうついてこないで!」 百合子のイライラは頂点に達していた。 ひどい言葉だと思いながら、周囲の視線を気にすることもできずに大声で颯を怒鳴りつけてしまった。 いい母親になりたいのに、どうしてうまくいかないんだろう。
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