第一章

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「……お母さんなんて、嫌いだ」 「嫌いで結構、どこへでも好きなところに行きなさい、さよなら」 百合子は振り返らずに歩き続け、コーナーを曲がった。 どうせ泣きながら追いかけてくるに決まってる。 そうたかをくくっていた。 しかし、いくら歩いても、食パンを買い物かごに入れても颯はついてくる気配がない。 百合子は怒りにまかせて振り返らずに進んだ。 買い物リストのメモを見ながら、心はずっと颯の事ばかり考えている。 いつまでも意地を張っていないでついて来なさいよ。 本当に変態にでも連れて行かれたどうするの? どうせすぐに泣きながら私を追いかけてくるんでしょ。 私の足にしがみついて、泣きながらブツブツ文句を言ったりして、頭の上にそっと手を置いてなぜてあげればごめんなさいとやっと口にするんだ。いつもの事。 しかしレジの前まで来ても、颯は百合子を追いかけてこなかった。 その時不安は沸点を迎えて鍋から吹きこぼれる熱湯のようにあふれ出す。 背中と脇の下から冷たい汗が噴きだし、全身の血が凍りついたように寒気を感じる。 お菓子のコーナーで座り込んでいるのだろうか。 お菓子のコーナーに戻っても颯の姿はない。 どこかで焦っている私の姿を見ているのだろうか。 百合子は平静を装って店中をもう一度歩き回った。 どの場所を探しても颯の姿はない。胸騒ぎが強くなる。 傍を走り去る男の子に手を伸ばそうとして、見たこともない子どもだと気付く。ショッピングカートを握りしめる両手はじっとりと汗でにじんでいた。 あとは……トイレか、駐車場。 見つけたらただじゃおかないんだから。親にこんなに心配かけて。 会計を済ませてトイレの前で颯の名前を呼ぶ……返事はなく、男子トイレから出てきた男性が気の毒そうに言った。 「中に子どもはいないよ」 「ありがとうございました」 百合子は深く頭を下げ、駐車場に駆け足で向かう。 颯のやつ、一体どこに行ったのよ。見つけたら思いっきり怒鳴りつけてやるんだから。 お願いだから早く目の前に出てきてよ。 駐車場に戻って銀色の軽自動車に近づく。 車の周りにも、颯の姿はない。 同じ色の同車種の車が他にも二台停まっていた。 どれが百合子の車かわからなくて、駐車場を迷い歩いているのだろうか。それともどこか車の陰にうずくまっているのだろうか。
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