第一章

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駐車場に一人で出ちゃいけないってあれほど言ったのに。車に轢かれたらどうするのよ。 買い物袋を車に押し込んで、百合子は駐車場を走り回った。颯の名を大声で呼んでも返事はない。 心臓がその場所をうるさいほど主張し続ける。 颯、どこなの? 無事だよね? 駐車場に颯はいない。雨が降り出していた。 そうだ、まだ店内にいるのかもしれない。 店の中に駆け戻り、サービスカウンターにいる店員に声をかけた。 「迷子なんです。四歳の男の子。車の絵が描いてある白いトレーナーと青いズボンをはいてるの。颯って言うんですけど」 サービスカウンターにしゃがみ込んで恨みがましく百合子をみあげている颯を想像した……そうであったらどれほどよかったか。 しかし、颯はそこにもいなかった。 「お母さん、落ち着いてください」 「私、お店の中でしかりつけたんです。そしたらいなくなっちゃって」  情けなくて、不安で涙があふれてくる。 「今全力で探しますから、きっと近くにいますよ。四歳なら幼稚園生ですか?」 「はい、すぐそこのひまわり幼稚園の年少なんです」 サービスカウンターの中にいた店員は血相を変えて颯を探してくれた。店の中や従業員通用口など、客の入れない場所をもくまなく探し、店内放送で何度も呼びかけてくれた。 店の外は土砂降りの雨になっている……それでも颯は見つからなかった。 「警察に連絡した方がいいですね」 「はい」 颯がどんな目に合っているのか考えただけで全身の震えが止まらない。 こんなことならもっと早く、誰かに助けを求めればよかった。 車に轢かれていたらどうしよう。 悪い人間に連れ去られていたらどうしよう。 一人で歩いて家に帰ろうとしているのだろうか……もしそうならば家までの道順を覚えているだろうか。 雨に打たれて寒い思いをしていないだろうか。 自宅からスーパーまでは車で十分ほどだけど、幼稚園児が一人で歩くには危険すぎる。 歩道のない道路を通る必要があるし、信号もたくさんある。 百合子は車の中に買った食品をおきっぱなしにしたまま、何度もスーパーと家の間を歩いた。 警察官は家で待てと言ったけど、誰かの連絡を待っているなんて無理だ。 今、この瞬間、颯が泣いているかもしれないんだもの。
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