終点 線路はどこまでも

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しかし、新婚旅行は新たな門出を迎える夫婦にとって、特別な思い出となるもの。 ましてや、いくら二人が長い時間を共にしてきたといっても、それは仕事終わりのちょっとした時間だったり、休憩時間の合間だったり微々たるものの積み重ねの結果であって、水入らずの時を過ごせたとはなかなか言い難い。 二人のよき理解者たちはそう考えて、このサプライズを企画したのだった。 ここまでされては、最早無碍にするという選択肢は残されていない。大人しく新婚旅行に"連行"されることにする二人。 操縦席に座る武政さんに促され、後席に二人が座ると、空母鳳翔甲板員有志の手によってキ76のエンジンが始動される。 「それでは……いってらっしゃい」 鳳翔さんの言葉を合図に、キ76は飛行甲板を10mほど転がり、そのままふわりと浮き上がる。 そして、空母鳳翔のまわりを2周3周と低空で周回する。 甲板からは祝福の歓声が上がり、機上のスロロコはそれに手を振って応えつつ、感謝の言葉を叫んでいた。 ──残念ながらエンジンの爆音に阻まれ(いくらキ76が軽飛行機と言えども飛行機は飛行機である)、双方の声は音としては届かなかったが、そんな事は関係なかった。 やがて、キ76は機首を南に向けると、スロロコの新婚旅行先へ向けて、空母鳳翔の上空を後にした。 その姿が見えなくなるのを待って、スロロコの結婚式は無事に幕を閉じたのである。
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