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「おい、クソガキ。起きろ、起きろってんだッ!」
あれ、いつの間に気を失っていたんだろう――と、勇者は夢から覚めた。
うるさい音が耳朶を打つ。
耳鳴りするほどの大きな声に勇者は目を開く。近距離で発した者を視認し、野太い怒鳴り声が今も続いていることに顔を顰めた。
男に従ったわけではないが、むくりと体を起こす勇者。緩慢な動きで前を向く。
ぼけーと視線が定まらないでいると、三十そこらの男と目が合った。
男は勇者に用があるようで、眉間に皺を寄せて睨んでいる。筋肉が盛り上がっている厳つい男は冒険者だろうか。
勇者は呑気に考える。
「こんな状況でよく眠れたもんだ。着いたぞ、お前らの売り手が来る。起きてねえとぶっ殺すぞ!」
勇者からしてみれば小さすぎる威圧。それに過去を思い出す。
起き上がりに怒られたのはいつ以来か、昔はたくさんあったっけ。
罵倒されるようなことはなかったが、似たようなものだと勇者は鼻で笑った。
それに対して、挑発されたと勘違いをした男が更に凄みをきかせて怒鳴るのだが、勇者は一笑にして流す。
癇癪持ちか、子供が怒っているようだと思ったのだ。
喚く男を完全無視する勇者。外野が騒がしいが、そのおかげもあって段々と頭が冴えてきた。一先ず辺りを確認することにする。
がたんごとんと時おり揺られる反動は直にお尻に伝わる。やけに冷えて痛いなと擦る勇者は少し腰を浮かせて、地べたに触れる。
床は鉄の板だった。
窓の役割なのだろう鉄柵からは、風景が緩やかに流れていく。
どうやら馬車の中で寝ていたらしい。それも特別製の。
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