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平然と立ち上がる蓮さんを見て、沈黙を保っていた赤い横陣からどよめきが起こった。
一つだけ蓮さんが敵に優っているものがあるとするならば、それは龍王の楯の防御力だ。
しかし、それが何になるというのだ。私よりもきっと戦闘経験豊富な蓮さんはあの一撃で分かったはず。防御だけで勝てる相手ではないと。
風が少しだけ吹き始めた。地形効果による天変地異の前触れ。敵が侵攻してきたと地形が認識し始めたんだ。このシステムは敵が王国内部に接近すればするほど強く顕著に効果が現れる。
だからこの状況でも、直ちに退却すれば助かる見込みはあるはず。
『蓮さん、戻ってくださいっ!!』
私が叫ぶと、蓮さんはゆっくりとした動作で鬼丸を鞘に収めた。
諦めた?
――でも、私の知っている彼は決して諦めない人だ。
鞘に刀を収めた蓮さんはそのまま腰を落とした。
やっぱり。これは居合い抜きの構えだ。諦めてなどいない。
エミール副師団長は戟を少し短く両手で持ち替え、距離を縮めてきた。
長物に対して居合い斬りなんて……。不安な私は胸の前で両手を組み合わせた。
近づいていくエミール副師団長が自らの得物が届く攻撃範囲内に入ろうとした瞬間、不自然に足が止まった。まるで何かを強く警戒したかのようだ。
しかし、蓮さんは左手で鞘を掴み、右手で柄を握ったままの低い姿勢で動いていない。
「あっ……」
自然と声が漏れる。私は敵国の副指揮官に少し遅れて蓮さんの異変に気がついた。
切られた鯉口から滲み出ているのは漆黒のオーラ。いつもの蓮さんの色じゃない。
【イベイド(回避)】発動。
雪原のようにキラキラと光を反射する白銀のオーラがエミール副師団長を包み込む。さらに彼女は戟の先端を引き戻し防御の構えを取った。
「うおぉぉぉぉ!!」
敵へと叫び斬り込む蓮さんが引き抜いた鬼丸からは、烏賊から吐き出された墨のような黒色のオーラが吹き出していた。
それは浄か不浄かと問われれば、間違いなく不浄だと答えてしまいそうな気配が漂う禍々しいオーラだった。
真っ白な雪原に引かれた黒煙が、騎士へと飛び込んだ。
数十m距離を瞬く間にゼロにする機動力。その全てが乗った斬撃が下から上へ。さすがは★7だ。エミール副師団長は攻撃軌道上に戟を合わせている。
だが――鬼丸は受ける戟ごと白銀の鎧を斬り裂いた。
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