第1章

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           * からんからんと乾いた音を立てるのは、もう三年ほど使っている真っ赤な自転車だ。お気に入りのマニキュアで藍色に塗った足先でわたしはペダルを踏み込む。ぼんやりと前を照らす自転車がライトの道しるべだった。 山道、というのは、危険である。子供の頃からさんざん言われたのだけど、それを言う大人こそ不用心に山道を進むものだから、あまり説得力はない。いや、ある程度は気を付けるのだけど。説得力のない言葉をかけられた子供がなにになるか。説得力のない大人。説得力のない大人がなにを育てられるか。説得力のない子供。 スパイラル。 山中にぽつんぽつんと集まる集落の中の一つの家の窓を、こんこん、と叩く。はぁいと間延びした返事が聞こえる。はぁ、と息を吐いたら真っ白の息がわたしの視覚に触れた。この間まで秋で、その前までは暑い暑い夏だったのに。冬の次に来るのは、春。季節の巡りというものは、嫌いではない。 「はぁい、こんばんは」 から、と扉が警戒心のない開き方をした。 「こんばんは、夜分遅くにごめんなさい」 「あたしはいいけどね、年頃の女の子がこんな暗闇をひとりで来るのは危ないわね。もう冬だし」 そんなことを言いながら、ふふっと軽く笑う彼女は、二児の母とは思えない自由奔放さと若さがある、とわたしはよく思う。はいどうぞ、と扉がさらに開く。おじゃまします、とわたしは言う。
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