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「あの時を思い返すと……」
なに? 突然どうしたの?
「小六だから十二年前か。猫を飼ってたんだ」
そうだったの? 初めての告白に驚く。
「アメショーだったんだけどさ。アメショー、アメリカンショートヘアってさちょっとマヌケな顔してるだろ? ほら」
そうかな? 可愛いと思うけど。
「アイツは違うんだ。きりっとしたイケメン。和風顔でさ。毛もツヤツヤでさ。太陽の光に当たると、体が銀色に光るんだ」
床の上に投げ出した長い足。
ワンルームの狭いアパートでは、彼の足は窮屈そうに歪んでいる。
膝の上を覗き込むと、彼は小さく笑った。
屈託のない、子供のような笑顔。はじめて見る顔。
窓を見上げた。空は灰色の雲に覆われていた。夕立があるかもしれない。
「俺の家族であり、一番の友達であり、ヒーローだった。カッコよかったんだぜ。大きい相手にも臆せず向かっていく。弟なのに兄貴的な存在だった。気分屋でもあったな。俺も、オヤジもおふくろも傷が絶えなかった。噛み付くと尖った牙が皮膚に食い込むんだ。やっと剥したときには、ぽっこり穴が空いてんだ。焦るだろう」
目を輝かせ、自慢げに語る。
凶暴な子だね。
「いい奴だったんだ。鍵っ子だったからさ、空っぽの家に「ただいま」が虚しく響くんだ。けどさ、俺の足音聞き分けて出迎えてくれるんだよ。初めて「おかえり」が聞こえてきたんだよ。嬉しかった。本当に嬉しかったんだ」
思い出しているのか、眼差しは遠くを写している。
賢いね。
「名前はタロウ。俺がつけたんだ。何でタロウにしたのかは覚えてない。ガキなりに一生懸命考えてつけたことは覚えてる」
タロウか。君らしい。
笑うと、拗ねて膝に視線を落とす。
かっこいいだろ? うん! かっこいい!
一人二役。
前脚をバンザイ。子猫はされるがまま。
「小六で原宿デビューしたわけ。俺、千葉県民だろ。東京に憧れみたいなものがあってさ。大人になればいつだって行けるのに、あの頃は一日でも早くデビューしたかったんだ。周りに自慢したかったのかもな。原宿へ行く日が待ち遠しかった。夏休みの一大イベンドだったんだ」
竹下通りは子供の憧れだもんね。
彼は大きく頷いた。
そして天井の一点を見つめたまま表情をなくした。
そして淡々と語り始めた。
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