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「前の日、タロウの様子がおかしいことに気づいたんだ。気づいたのは俺だけだった。いつも毅然として弱さなんか見せないアイツが辛そうな目で俺を見たんだ。俺だけに弱さを見せたんだ。それなのに俺は……」
強く握られた左拳は何度も何度も太ももを打つ。
その手は小刻みに震えていた。
「親には言わなかった。言えば出かけられなくなるって思ったんだ。だから言えなかった。大したことないだろうって。見てみないふりをしたんだ」
彼の顔がだんだんと強張りはじめた。
目はきつく閉ざされ、眉間の皺は深い。
「俺のせいで、タロウ、死んだ」
その声はかすれ、
短いまつ毛は小刻みに揺れ、
涙に濡れた。
私は見ていられず、顔を伏せた。
ザーっと雨音が耳に飛び込む。
「獣医に連れて行った時にはもう手遅れだった。苦しんで死んでいったよ。悶え苦しむ姿が今でも忘れられない。俺は受け入れられなかった。自分のせいでタロウが死んだことを。俺はタロウから逃れるために、全てを呪った。神さえも。そうすることで自分を守ったんだ。正当化したんだ。俺は悪くないってね。何度も何度も……」
ギリギリと歯がこすれる音が静かな部屋に響いた。
「死んだ後もずっとさ、周りにタロウの気配があったんだ。恨まれてると思ったよ、あいつはそんな奴じゃないのに、引け目があったからそう思ったんだよな。その度に、悪いのは俺じゃないって……俺は逃げ続けた」
「一度もタロウの墓に行ってなくてさ。行けなくてさ。初めて行ったのは高三年の冬。俺、大学受験失敗したんだよ。俺よりバカな奴らが受かって俺だけ落ちる。クソな世の中だ! 死んでやる! 気がついたらタロウの墓にいたんだ。見たくなくて押し込んで隠したあの日の記憶が目の前を覆いつくしたんだ! 苦しむ青い目が俺を、俺だけを見てるんだ!」
息が荒くなる。彼も私も。
彼は咳き込みながらも言葉を止めない。取り憑かれているかのようで、不安になった私は彼の手に手を添えた。
まるでここにいる彼は、タイムトラベルしてやってきたあの日の彼ではないのか。
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