レンズの向こう側

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 机の脇にはベッドがあり、腰を下ろしたのはそのベッド。  座った瞬間、ひやりとした。  ジーパンを穿いているのに、その生地をあっけなく通って、シーツは冷たさをオレに伝えてきた。  そしてその冷たさが限界だった。  ここまで堪えてきたものの堰(せき)が、その冷たさに破られた。    膝にぽたりと落ちた――涙が。  その涙はジーンズの生地の上で広がり、まもなく生地の中に吸い込まれ、染みを作った。  涙ひとつについて、そのひと通りの過程を見れたのは最初だけ。  あとはもう、間断なく涙は落ちてきたから、そのひとつひとつについて同じ過程を見ることはできなかった。  そのうちに視界がおかしくなった。  その視界に、右手にあったものを映す。  それは、黒のメガネケース。  テツが机の上に残していった、いや、遺していったもの。  おかしくなった視界の中、ケースの輪郭は歪んでいた。  それが何だかおかしかった。   でもそれよりも何よりも、こんなにも涙を流す自分が一番おかしくて、涙は相変わらず止めどないのに、口元には笑みを浮かべていた。 「もう、大丈夫だと、思った、んだけど、な。情け、ないな、オレ、本当、に」  泣いているせいで途切れ途切れになってしまったその言葉を向ける相手は、目の前のメガネケース。  何もかもが冷たかったこの部屋の中にあって、やはり冷たかったそれは、けれどいまはオレの手の熱を奪い、オレの体温に同化していた。    そのケースにテツを思い、相変わらず途切れる息の中、言った。 「好きだって、そう言えば、ちゃんと、そう言えば、良かった、な。お前が、生きて、いるうち、に、そう言えば、オレ、は、こんな」  言いたいことはまだ残っている。  だけどそこで、泣いているせいではなく自分から言葉を途切れさせた。  そして唇を噛む。  強く強く噛んで、そうしてまた口を開く。 「ホント、情け、な。オレ、自分の、こと、ばっかり。お前の、こと想う、オレのこと、ばっかり。最っ低、だ。最っ悪、だ。何でオレ、こんな――」  もう大丈夫。もう立ち直れてる――そう思って訪れたテツの部屋にいる自分が、テツが逝ってしまったときと何ら変わっていないことに気づいて、そんな自分を責める言葉が止まらなかった。  そのうち、テツのメガネケースは視界から消えていた。
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