ゆびきりげんまん

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彼女はぼくが迎えに行くと本当に嬉しそうに笑った。 ぼくは中学生になってから、隣の市に引っ越したので、裕子とは小学生くらいまでの 記憶しかないのだ。遠い記憶なので、仏壇の写真を見ながら、こんな顔だっけかなぁ? とぼんやりとしか思い出せない。 ぼくはその日は実家に泊まった。 夜中寝ていると、何か声が聞こえ来た。 女性の声だ。そのとたんに金縛りにあった。 「ゆびきりげんまん、うそついたら、はりせんぼんのーます。」 ゆびきり?なんのことだろう。 さらに声は続く 「知ってる?江戸時代にはね、遊郭の遊女が本気になった相手に愛を誓うときは 左の小指を切り落として相手の男性に贈ることで自分の誠意を伝えていたそうよ。 それが指きりの由来なんだよ。」 その声は、裕子か? 「だからね、私は、送ったんだよ。」 ぼくは、あの指の映像が目に焼きついていて、背筋がぞっとした。 「約束したのに。私、本気だったのに。お嫁さんにしてくれるって言ったのに!」 ぼくは遠い記憶をたぐり、ようやく思い出した。 あれは小学2年生くらいのことか。ゆびきりげんまんでそういう約束をしたような気がする。 そしてぼくはようやく声を出した。 「そ、そんな。あれは小学生のお遊びみたいなものじゃないか。そんな前の約束なんて。 無効だろう?」 ぼくは、震える声で言った。 「無効?約束を・・・・・破るんだね?破って、他の人と結婚するなんて。 許せない。げんまんだからね。覚えておいて。」 ぼくが寝ている布団の上に重みがかかった。 下の方から何かが這い上がってきて、長い黒髪がぼくの頬をなでた。 「うわああああああ!」 ぼくは大声で叫ぶと、隣の部屋で寝ていた母がかけつけてきた。 「いったいどうしたの?」 裕子がきた、と言っても信じてはもらえないだろう。 ぼくは夢でもみたんだ。 きっとそうだ。
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