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…どう聞いても信じがたい話すぎて、俺は困惑顔でおじいさんを見た。
気さくな感じの人だけど…いや、だからこそこういう冗談とかを言うのかな?
どっちにしてもからかわれてるんだろうな。
そう思った時、おじさいんが垂らしていた二本の釣り竿が同時にしなった。
「悪い、坊主。そっち頼む!」
反射で竿に手を伸ばすが、釣り経験は一度きりの初心者な俺には、もたもたとリールを巻き上げることしかできない。だけどその手すらろくに動かせなくなる程釣り糸の先が重い。
ここらで釣れる魚って、ハゼとかボラくらいだよな。俺は釣ったことがないけれど、さっきから人の釣りを見てても、そんなにぐいぐい引っ張る印象はないし、大きさだってたいしたことはなかった。なのにどうしてリールが巻けない程重いんだ?
早々に自分が手にした竿の方を片づけたおじいさんが俺の方を見る。その顔が一瞬で強張るのが判った。
「坊主! 竿放せ!」
叫ぶと同時におじいさんは、バケツの横に置かれている鋏を取った。俺が握ったままの竿に飛びつき、ピンと張った釣り糸を断ち切る。
急速に体が軽くなり、俺はその場に尻もちをついた。その折に、橋の欄干の隙間から川面が見えた。
「?!」
真っ黄色の浮きが凄まじい勢いで水底に沈んで行く。その、水底に引きずり込まれていく浮きの向こうに微かに見えたのは…間違いなく人間の手だった。
「大丈夫か、坊主」
おじいさんが俺を起こそうと手を伸ばしてくれる。でも、今見たものの衝撃が大きすぎて体に力が入らない。そんな俺の態度で、おじいさんは総てを察したようだった。
「…お前にも見えちまったのか」
溜め息と共にそうつぶやき、おじいさんは放り出された竿を取った。針と糸を付け替え、新たに竿を仕掛け直す。
その際に、もう一言ぼそりとつぶやいた。
「釣り、嫌いになるなよ」
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