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光を感じた高雄は目を開けた。
途端に高雄の目が大きく見開かれた。
「ここは、どこだ?」
高雄が驚くのも無理はない。
さっきまで居たはずの居酒屋が跡形もなく消え失せ、そこは三畳程の狭い古びた建物だった。
何十年も手入れのなさそうな古畳と腐った木板で段差のつけられたこれまた汚れた土間に高雄は立っていた。
灯りも行灯が1つ申し訳なさそうに付いていて、高雄の目が慣れるまで少しの時間を要した。
少しずつ目が慣れてきた高雄は古畳の上にこれまた古く表面が傷だらけの机があることに気付く。
その上に埃を被った大きな瓶が3つ。
中に何が入っているのか確認しようと恐る恐る顔を近づける高雄の耳に静かで空虚な声が届いた。
「いらっしゃいませ」
空虚な声とはおかしな言葉であるが、それでも高雄は空虚な声としか言い表せなかったのだ。
感情の端っこも感じない、何もない声。
どこから聞こえるのか分からない、この狭い空間のどこに隠れる場所があり得ると言うのだろうか。
気味悪く思いながらも探さずには要られない衝動に駆られ、高雄は辺りを見回した。
「どうかなさいましたか?」
空虚な声が再び聞こえ、突如古びた机を挟んだ形で男の姿が現れた。
恐れ戦く高雄は1歩2歩と後退りすると、これまた薄汚れた壁に背中を預けた。
「あんた、何者だ?ここはどこだ?」
震える声ながらも高雄は聞いた。
目の前の男は不気味な怖さはあるが、生っ白い顔をして細身で力はなさそうだ。
見た所武器になるような物は所持しておらず、いきなり飛び掛かられる事はなさそうである。
男は恭しくお辞儀をした。
「これは失礼致しました。当店は『幻虫屋』と申しまして、虫を売る事を生業としております。私は店主、名はお客様のお好きなようにお呼びくださいませ」
名前を好きなようにとは変わっているが、いちいちそれに対して突っかかる余裕は高雄にはなかった。
原田の夢は夢ではなく現実だったのかと、それとも話を聞いた自分が居酒屋で居眠りし、影響を受けて見ている夢なのかもしれないと今をどう判断していいものか、思いあぐねている。
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