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店主は瓶の蓋を開け、その白くて細い指先で一匹の赤い虫をそっと摘まんだ。
いつの間にか目の前にある白い皿にその虫を置くと、虫は大人しくしていた。
この場所に不似合いな磨かれた白い皿に一点の赤い虫の存在は、一滴の鮮血のようにも思える。
「で、それをどうやって飼えばいいんだ?」
高雄が飼い方を尋ねると、店主はまたコロコロと笑う。
「買うのではございません、食するのです」
「そんな気持ち悪い事できるわけないだろう」
店主が薄い目をさらに細めて少しだけ口角を上げると高雄は馬鹿にされていると感じた。
「お客様の同僚の方はできましたよ」
更にそんな事まで言うものだから、高雄の劣等感まで刺激される。
一気にいけばいいのだと己に言い聞かせながら高雄が指をのばすと、皿の上にいつの間にかスプーンが乗っていた。
これで指先で赤い虫の感触を確かめずに済むと、高雄はすぐにスプーンを手に取りそっと赤い虫を乗せると、そのまま飲み込んだ。
どうだとばかりに店主に目を向けると、愉悦に浸った様な笑みが目に映った。
「何がそんなにおかしい?」
「いえ、何も。只……」
「只、な……ん……」
突然、高雄は全身総毛立って身震いをした。
自分の中から何かが逆流している。
止めようと思っても自分の意思では制御できない嘔吐感に、高雄はトイレを探したが見当たらず、そのうちそんな事はどうでもよくなった。
込み上げてくる何かが高雄の内側から高雄の全てを吸収してゆくからだ。
高雄の口内にまで進み来る頃には高雄は高雄の抜け殻となり、その口は単なる出口となって、生まれ落ちた。
新たな紫の虫の誕生に店主は満足そうに笑いながら『申し訳ありませんね』と呟いた。
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