冷静と情熱と

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現実を見据えて疲れて溜息零す。 中野高雄の虚ろな眼差しは一点を捉えているようでその実どこにも焦点を結んではいなかった。 長年、と言っても世の中の最期の時まで添い遂げた夫婦と比べてはまだ短い25年の時を連れ添った妻の美恵子との離婚の段取りが滞りなく終わったのだった。 最初に美恵子から離婚を切り出された時、高雄は少なからずのショックを覚えた。 否、覚えたような気がする、程度のものだった。 それは美恵子と出会った頃の高雄の姿からは想像し難いものであった。 元来高雄の気性は激しいと言っても過言ではなく、若く清らかな美恵子と友人を介して出会ってから、引くことを一切出来ずに押しの一手で手に入れたのだ。 美恵子もそれはまんざらではなかったようだ。 楚々とした美しさを持つ美恵子は周りの男性が好意を持ってもその清楚さ故に近寄り難く、並みの思いや、あろうことか劣情を抱く輩にとって高嶺の花の存在に祭り上げられてしまっていたのである。 故に整った容姿をある程度自覚していたにもかかわらず、美恵子に言い寄る男性は現れない。 清楚というのも周りの勝手なイメージで、その実は世俗と変わらぬ美恵子は自分よりも容姿の劣る人間が次々にモテていく現実にやきもきしていた。 更には少しばかり落ち込んでもいた。 そんな時に高雄と知り合い高雄からぶつけられる熱い想いは自信を失いかけていた美恵子の自尊心をくすぐった。 反面、高雄だけが特別なのかもと錯覚するにも充分な高嶺の花期間があったために、美恵子は迷う事なく高雄の手を取ったのであった。
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