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「カズトさん。具合はどうかしら」
サチは大きなベッドの上でまどろむカズトの横でリンゴを剥きながらそう尋ねた。彼女には、その様が大層似合うなとカズトはぼんやりと考えた。
彼にとって不幸中の幸いであったのは、介抱するサチがいたことであった。殺伐とした消毒薬の匂いの染みついた病室が、彼女のいる間は幾分か華やいだ。彼は、その甲斐あってなんとかここまで発狂もせずに過ごせていた。
両親はとうに先立っており、また兄弟もいなかったカズトにとって唯一頼れる身内はサチだけだったのだ。
カズトの闘病生活が決定した日、サチは彼との婚約を決めた。式は挙げなかった。なんとなく、式を挙げればそれが人生のピークになってしまうような危惧があったのと、直感的に式と死期を結びつける連想をしてしまったためだった。第一、そんなものがあろうがなかろうが、カズトと家族になったという事実が揺らぐことはなかったのだ。
「今日は随分と気分が良いよ」
昼下がりの陽光を受けながらカズトは精一杯、穏やかな声色でそう言った。嘘だった。日一日と病魔は確実に彼の身体を蝕んでいき、鈍痛は徐々に激痛へと変貌しつつあった。
だが、無理をしているわけではないというのもまた事実である。カズトにとってサチの存在は、どんなにか強力な鎮痛剤よりもよく効いた。
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