幸ある未来の入手法

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「そう。それは良かったわ」  サチは柔和な笑みを浮かべて、またしゃりしゃりと小気味よいリズムでリンゴの皮を剥き始めた。カズトは彼女の姿を横目で眺めながら、深い眠りに落ちていった。  そんな一見すると隠居生活のような和やかな日々が続いた。しかし、既に闘病生活が始まって三ヶ月が経過していた。臓器提供者は未だ現れない。  カズトもサチもお互いの顔が見えない場所では、毎夜、泣くのであった。終わりが近づきつつあるのに救われる機会すら与えられず、その一度きりの機会さえ分が悪いときている。理解すればするほど、カズトが助かる見込みはゼロに近しくなっていくのである。  自らの弱みを互いに見せようとしないのは、病魔に対する彼らのせめてもの抗いと言えた。不器用さというのは、両極端に見える彼らが唯一、共通して持つものだったのだ。  サチは職場と病室との往復をしたが、“それ”がカズトのもとへ届いたのは丁度、サチのいない時だった。 携帯電話が鳴ったのである。職場の人間は、カズトの病状を断片的にではあるが知っていたため、突然病室を訪ねてくることはあっても、気を遣って連絡を入れることはない。サチは基本的に病室で共に過ごしている。というわけで、この数カ月、それが鳴ることはなかったわけである。  誰だろうか。カズトは痛む胸部をかばうようにして起き上がると、携帯電話を手に取る。届いていたのは一通のメールだった。
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