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これを見た雪乃は眉をひそめ、咀嚼するように時間かけて読み込んで行った。
引っかかるところがいくつかあるのだろう。
「一年前の……自分?なら今日ってことになるのかな?」
思い出したきっかけに、今日でそのメールが来て一年になるからもある。
雪乃の誕生日と一緒だったのもあり、記憶に残っていたのだ。
だが不思議なことに、今の俺がそんな暗めの内容を送るとは到底思えない。
雪乃と結婚し、こうして誕生日会の準備に精を出す今に十分満足している。
そして、今雪乃の胎中には新たな命すら芽吹いている状態だ。
今も未来も暗い影などない。
だから、ただのイタズラだろう。そう決めつけるのは当然のことだった。
「あと、この失われる命とか譲渡とか。ちょっと意味わかんないよね。五文字に制限する意味もわかんないし」
雪乃はそうして考える姿勢をとる。
それも同意見だ。
一年経った今でもそれは理解できていない。返信を求めるのは迷惑メールの定石だが、それにしても要らない情報が多い。
過去に送れると言うのは確かに魅力的かも知れないが、わざわざ五文字にする意味はあるだろうか。
イタズラにしても、かなり凝った作りだ。
「でもさ」
……無理に結論を出そうとしたが、それを雪乃の声が断ち切った。
「今、一年前に送りたいメッセージはある?」
答えを知っている先生のような余裕のある笑み。それに一瞬見とれて、答えは出せなかった。
「いいんじゃない?別に。これが本物だろうと偽物だろうと、自分が送りたいと思った時に送りなよ」
それを聞き、俺はハッとした。
そうか。今の俺にこのメールは必要ない。
なら、これ以上考えるのも無駄というものかも知れない。
「……そうだな。ありがと、相談してよかったわ」
「ふふ、どういたしまして」
気付けばお互いのホットココアは空になり、否応にも動かなくてはいけないらしい。
二人で顔を見合わせて肩をすくめると、ソファーから立ち上がった。
「あ、そうだ。今日のアレ、まだしてないね」
「あ、あぁ。そうだったな」
女の子から言わせるなんて、少し不甲斐ないな。
まぁ、未だにこの瞬間に慣れない俺にとっては助かる部分も多いのも事実だった。
「さ、早く」
急かすような彼女の声に、俺は顔を差し出す。
まるで二つで一つ、その唇たちは会合を果たした。
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