第1章

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陵辱されようとしていた女は、身を守るものも被うものも乏しく、ただ床上に横たわって泣いている。 哀れしか感じなかった。 慎は彼女の胸元を閉じ、スカートの裾と剥がされた下着を整えた。 乱れた髪を撫でつけ、梳こうとして手が止まる。 私に慰める資格があるのか? 止まった手を、苦々しく見返しながら言った。 「泣くな――泣かないでくれ」 だめ、ムリ、と言うように、彼女の涙はあふれて止まらない。 頬に伝う涙を指先ですくった。頬を寄せると、伝わってくるのは慕わしさだ。何度も頬擦りした。 「どうして待っていてくれなかった、帰ってくると――必ず君の元へ生きて帰ると言ったのに」 「待ったわ」 涙声でしゃくり上げながら彼女は答えた。 「私、ずっと待っていたのに、だけど!!」 「――結核だった」 ぴくりと彼女は固まった。 さっきまで泣いていたのを忘れたようにその目は慎を探る。 「誰のことを言ってるの……」 「私だ」 「慎さんが??」 「隔離されて、どうすることもできなかった」 「うそ」 「うそじゃない、手紙を書いて次郎に託した」 「手紙……?」 「届いて……ないのか?」 見開いた目は、ビー玉のようで、ただ慎を凝視している。 まさか。 次郎の朴訥で誠実そうな顔が思い浮かぶ。 彼は「必ず渡す」と約束してくれなかったか? まさか……届かなかったことなどあるのか?? 三郎だけでなく次郎にも裏切られた? 何てことだ!! 目を離せないまま、ふたりはお互いの瞳の中に真実を見た。
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