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茉莉花は震える手で慎の顔から眼鏡を滑らせ落とす。
間近で顔を見、愛しくてならない者を撫でるように指先で彼の顔に触れてきた。
小さく笑み、声にならない声で、唇が言葉を紡ぐ。
慎さん、と。
愛する者が愛する人の名を呼ぶ。甘美な瞬間だ。
彼女の手を強く握った。握り返す手。手の甲に、指先に、何度も口付けた。
「次郎が……」
名を出すのも苦しい。
「彼が出征する前に……見舞いに来てくれた。君の所へ何度も便りを送っても返送されたから、次郎だけが頼みの綱だった。必ず生きて、病気を治して出てくるから、待っていて欲しい、と……」
「知らない、知らなかったの、私……」
彼女は何度も首を横に振った、いやいやと駄々とこねるように。
「私、出征して……その先で死んでしまったんだとばかり思ってた……」
死んでなどいない!
私はここにこうしているんだ!
慎は彼女の身体を抱き竦めた、自らの存在を伝えるように。
――何て華奢なんだ、細い腰、か弱い肩、でも胸を押し返す乳房は豊かに柔らかく彼を包む。
彼女も必死にしがみつく。
「会いたかったのよ、私。ずっと……」
彼女は、私の帰りを待ってくれていた!
辱めてやろう、と立ち上がった慎の負の感情は、温かく慕わしい温もりに溶けて消えて行く。
心の内を満たすものは悦びの感情だ、ひたひたと押し寄せるもの、これこそ真実の愛だ。
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