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「収容所では、君だけが希望だった、やっとのことで出られて、まっ先に君の家へ向かった。君はもう嫁いでここにはいないと言われて――絶望した。ばかだ、私は。君を探せば良かったのに、私は――君より、三郎を信じた!!」
茉莉花は泣いた。今度は子供が大好きな人形を奪われて、取り戻せなくて悲しむように、わあわあと。
「泣かないでくれ……茉莉花!」
慎も落ちる涙を止められない。
想いの全てを腕に指先に身体に込めて、お互いに抱き合った。
茉莉花が慎の手を求めて伸ばす指先がぴくりと固まる。そこには金の指輪がはまっている。自分は妻子ある身だ。帰る家があり、待つ人がいる。
お父さん、と呼ぶ声が遠くに聞こえる。
今の私を作り出してくれた愛しい者たち。息子と妻。
許せ。
私は、愛しい者たちを愛するのと同じくらい、彼女を愛しているのだ。
離れがたく思うくらいに。
もう、茉莉花と離れたくない、他の誰にも……渡したくない!
なぜ、ふたつ共手に入れたいと願ってはいけない?
悲痛な表情で顔を背ける彼女にへ知らせるように、慎は左薬指から指輪を引き抜き、床に投げた。
金色の指輪は、カン! と高い音を一度立て、床を転がり、見えなくなった。
行方を目で追っていたふたりはどちらともなく視線を交わす。
「大好き、慎さん」
茉莉花は自ら唇を重ねた。短く触れただけの口付けは、慎によって再び繋がる。
深く、強く。
お互いしか見えなかった。
分別盛りの大人の男女が、何年も時を巻き戻し、まだ幼い、恋人同士だった頃に戻る。
少女だった頃も、大人になった今も。
お前は私のものだ。
迷いはなかった、立紅潮した頬、潤んだ瞳で見上げる彼女の全てが欲しかった。
彼女の温もりに、身も心も全て包まれたかった。
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