第1章

14/33
前へ
/33ページ
次へ
秀麗で氷のように整った能面のような顔から仮面が剥がれ、愛しさに頬染めて彼を見つめる彼女は、生きた存在だった。 そして、最上の恋人だった。 身体は大人でも、男あしらいにはまったく長けていない少女とまったく変わりがない彼女は、ただ彼に応えようと必死だった。 ラブアフェアを散々楽しんできた慎だ、すれたところがない女は面白みを感じない。しかし茉莉花は別だった。彼女は素直に慎に全てを晒し、彼は瑞々しい果物を貪るように彼女を抱いた。 幼い恋がやっと成就した瞬間はその悦びに浸った。恋人の夜は短い。回を重ねる度、ただの男と女になってお互いを求めて繋がり合った。 彼女が愉悦の笑みを浮かべた頃には、お互い疲れ果て、火照った身体を床の上に投げ出した。 これは夢ね 茉莉花は言った。 夢じゃない、現実だよ 慎は答えた。 ううん、夢の方がいい。 彼女は慎の胸に刻まれた傷跡に舌を這わせる。 醒めない夢なの、ふたりだけの世界で、このまま溶けて消えてしまいたい。 だって、朝になったら、私たちは―― 皆まで言わせず、その口を自らの口で封じた。 繋がったまま、離れがたかった。 夜の闇はお互いを素直にさせ、朝の光は現実を見よと理性に働きかける。 彼女はまっ先に現世に戻り、苦しんでいる。 その苦しみごと引き受けたい。 もう――どこにもやりたくない。 慎は手を差しのべた。 「茉莉花」 俯いた彼女の双眸から、ぱたぱたと涙が落ちる。 もう一度名を呼ぶ。 「茉莉花」 彼女は慎の声に導かれるように彼の腕の内に飛び込んできた。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加