第1章

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すっかり冷えた身体は、随分と長く彼から身を離していたことを伝える。 かわいそうに。温めたくて身体をさすった。触れるとどうしても求めてしまう、一旦知ってしまった禁断の果実の味をもう一度と。 まるでお互いが誂えた存在のようで、ぴたりと合って溺れた。 大きく仰け反り、両の胸も露わに喘ぐ彼女の身体に朝日がかかり、汗をまぶした肌は産毛一本も漏らさず光り輝く。 恋人同士の時間は終わりだ。 ふたりはそれぞれの時に戻らなければならない。 わかっているから尚のこと、ふたりは名残惜しく逢瀬の時に身を委ねた。 早朝、まだ誰も登校してこないのを確かめて、ふたりは並んで扶桑館を後にした。 思い詰めた彼女の口が開かれ、言葉――おそらく別れの――が出てくるのを止めて、慎は言う。 「何も言わなくていい。君が心配することは何もない」 「でも」と言い募ろうとする彼女を抱き寄せ、耳元で囁いた。 「もう離さない」 恐怖の色に彼女の瞳が見開かれる。 だめ、と全身で拒否する彼女に、慎は宣言した。 「やっと君に辿り着けた。もうどこにもやらない、誰にも口出しさせない」 そうだ、もう彼女なしの人生などあり得ない。 誰の手にも渡さない、茉莉花は私のものだ。 守る、何があっても。 息子も――妻も。 愛する者をこの手で守り抜くのだ、それのどこが悪いというのか? 強くあれ、自分。 他人にとやかく言われないだけの力と甲斐性を持て。 心を強く持てば、どんな困難も乗り越えられる。 慎は自分に言い聞かせた。 私ならできる、と。
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