第1章

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九州行きもピリオドを打つ日が来た。 いよいよ慎の移籍が決定したからだ。 東京へ帰る彼に、受け入れ校の職員が言った。 「お住まいはどうしますか?」 「どうとは?」 職員は続けて言う。 「長くこちらに留まるんですから、ご家族連れでしょう? 奥様とお子様で三人ですよね」 精一杯標準語を使おうとしてはいるが、イントネーションが変で、努力の後が台無しだ。慎はつい笑みを誘われる。 そう。今後は長く、年単位で住まうことになる。 片道切符になるかも知れない。そうなると――東京へ戻るのは難しくなる。 「気が早いな。引っ越しはもっと先の話だね」 「そりゃそうですが、先生には少しでも良い所に住まって欲しいんですよ」 「ありがとう」 「都落ちですから、ご家族の皆さんにはお気の毒なことですが」 頭から冷水をかけられた気がした。 「めっそうなこと言うものではないよ」 軽くあしらうつもりだったのに、口から出る言葉は固い。 都落ち。 確かにそうだ。 私は、白鳳の器からこぼれ落ちた。 彼だけではない、同期も先輩も後輩も、それぞれ新天地へ向かった。根を下ろせたのは、武一人。白鳳は宿り木にもならない、とても頼りない場所だった。 私は落伍者だ。 「帰って妻と話し合う。東京にも家があるから、今すぐとはいかないが」 「大きな家をお持ちだそうですね、それは大変ですなあ」 職員には極力にこやかに会釈をして、その場を後にした。
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