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九州行きもピリオドを打つ日が来た。
いよいよ慎の移籍が決定したからだ。
東京へ帰る彼に、受け入れ校の職員が言った。
「お住まいはどうしますか?」
「どうとは?」
職員は続けて言う。
「長くこちらに留まるんですから、ご家族連れでしょう? 奥様とお子様で三人ですよね」
精一杯標準語を使おうとしてはいるが、イントネーションが変で、努力の後が台無しだ。慎はつい笑みを誘われる。
そう。今後は長く、年単位で住まうことになる。
片道切符になるかも知れない。そうなると――東京へ戻るのは難しくなる。
「気が早いな。引っ越しはもっと先の話だね」
「そりゃそうですが、先生には少しでも良い所に住まって欲しいんですよ」
「ありがとう」
「都落ちですから、ご家族の皆さんにはお気の毒なことですが」
頭から冷水をかけられた気がした。
「めっそうなこと言うものではないよ」
軽くあしらうつもりだったのに、口から出る言葉は固い。
都落ち。
確かにそうだ。
私は、白鳳の器からこぼれ落ちた。
彼だけではない、同期も先輩も後輩も、それぞれ新天地へ向かった。根を下ろせたのは、武一人。白鳳は宿り木にもならない、とても頼りない場所だった。
私は落伍者だ。
「帰って妻と話し合う。東京にも家があるから、今すぐとはいかないが」
「大きな家をお持ちだそうですね、それは大変ですなあ」
職員には極力にこやかに会釈をして、その場を後にした。
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