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◇ ◇ ◇
慎の思惑とは裏腹に、世の中は動いて行く。
年の瀬を迎え、帰省した東京では背が一回りも高く伸びた息子が父を出迎えた。
子供の成長は早い。理屈ではわかっていても離れて暮らすとはこういうことなのかと思った。子犬が尻尾を振ってまとわりつくように父親に甘えた。
妻は良く家を守ってくれていた。主がいない家で息子を育てる気苦労は際限ないはずだ。
「よくやってくれた」
夫のねぎらいに妻はこくりと頷いて応えた。
「私では目が行き届かなくて。でもやっと年越しを迎えられます」
「そんなことはない、お前がいるから私も安心してここを空けられる」
妻とはす向かいに座って、まるで昨日までここで暮らしていたように話した。
端から見ると、慎は良き父・良き夫だ。しかし彼は知っている。心の奥底にちりりと燻るように存在を誇示する罪悪感が消えないことを。彼の左手の薬指が軽い。茉莉花との情事の日以来なくしたままの指輪。房江は変わらずはめ続けているというのに。
年が明け、正月三が日は知人友人が年賀の挨拶に来た。訪問客は口を揃えて言った。
いつになったら九州から帰ってこれるのか、そして次のお子さんは? と。
一人産まれたら二人、そしてその次と、世間が問うのは今も昔も変わりない。
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