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◇ ◇ ◇
「生きていたのか」
かける声は気が抜けていた。
目の前にいたのは、高遠次郎。茉莉花の兄だった。
親友だった男だ。穏やかに笑う男だった。目の前の彼は、笑い方を忘れたように顔を歪ませている。
自分が病で隔離が決まった時、外出も接見も許されない中、やっとの思いで彼に妹への手紙を託した。安堵した。それが届かず、自分は病棟で、彼は戦地にいた。
名乗られなければ次郎だとわからなかった。彼は慎が知っている容貌とはかけ離れていた。穏やかな笑みを絶やさなかった若者は、中年をとうに越した偏屈者と言ってもいいくらい険しい表情しか描けなくなっていた。
「久しぶり」彼は声も変わっていた。
「いつ復員した」
「つい先頃。一年も経っていない」
戦後何年経つというのだ、彼の風貌から想像できる過去は明るくない。
自分の方から尋ねることもできない。それぐらいの想像力は持ち合わせている。
けれど、それとこれとは別次元のわだかまりがあった。
「高遠家の者たちは、姿をくらますのが上手いらしい。お前も妹も揃って」
当てこすりが口をつく。
次郎の目尻が下がった。
「何しに来た、とは聞かないんだな」
「お前が言わなければ、訊きようもない」
「そう尖るものじゃない」
慎は「お前が言うのか」と哄笑する。
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