4人が本棚に入れています
本棚に追加
「いつもの方がいらしています。どうしますか、お預かりしますか」
茉莉花と会うのもこれが最後かもしれない。
「お越し頂いてくれ、無理にとは言わない」
すぐに答えが来た。
「伺うそうです」
「わかった」
今日何度目かのため息をついた時、ドアをノックする音がした。控え目に、でも的確にコンコンと。
暗い。
何故だ。
顔を上げ、窓の外を見る。夕闇が薄暗さを増しているのに、灯りを灯していなかった。
物思いが深いと周りが見えなくなるな。
ドアを開ける前に蛍光灯のスイッチを入れ、ドアノブをひねった。
ドアの向こうには固い表情で立つ茉莉花がいた。
いつも冷淡で能面のような顔をして慎に接する彼女が、さらに怖い顔をしている。
廊下へ落ちる灯りが鼻梁に暗い影を落とした。
「お忘れ物のお届けに上がりました」
差し出した封筒は、箸にもかからない駄文を連ねた下書きだ。今の慎には片付けのゴミを増やすだけのもの。
そんなつまらないものを量産した自分にも、茉莉花にも、無性に腹が立つ。
いつにも増して、彼女の心の内がわからない。茉莉花の表情は理不尽にも慎を苛立たせた。
くるりと踵を返す彼女の足首は細すぎた。
「残念だよ、とうとう君をお茶にも誘えなかった」
足を止めた茉莉花は、すらりとした長い首を伸ばし、顔を緩く傾げる。
慎さん、なあに?
いつも物を問う時は、言葉ではなく仕草で先を促す彼女。子供の頃の記憶が蘇る。
最初のコメントを投稿しよう!