第1章

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 ある日、暗く静まり返った部屋の中。  俺の、ほとんど置物と化していたスマホが耳障りな音をたてた。バイブの長さからするとメールで間違いないのだが、俺はつい顔をしかめた。 「また迷惑メールか? この前メアド変えたばっかだってのに」  俺にはもう友人と呼べるだけの人間もいない。だからLINEもやっていないし、変えたばかりのメアドはまだ誰にも教えていない。だのに届くメールなんて、どうせ釣りに決まっている。大抵は無料通信アプリで事足りるこのご時世に、メールだってだけでそれなりに怪しい。  しかし、長いこと部屋に引き籠っていると他に触るものがないのも事実だ。俺はまだ画面の明るいスマホを手に取って、受信メールの一覧を眺めた。迷惑メールにつきものの馬鹿げた件名を一笑に付すつもりだった、のだが。 「? 件名がないな。なんだ、つまらん――」  タイトルなし。ドメインも初めて見る。まあ、そういう迷惑メールだと言ってしまえばそれまでだ。ただ、このメールには他に、明らかにおかしい点がひとつ、あった。 「――いや待て、送信日時が、2065年だって?」  このメールは、50年後の未来から届いた。  ……なんて、それこそ馬鹿げている。多分、どこかに時計の狂いでもあったのだ。盛大な見落としをしやがった送信者が一体どれほど珍妙な迷惑メールを作ったものかと本文を開いて、俺はまた怪訝な顔をした。 『タレント A、交通事故で死亡。2015年11月30日 没』  内容らしい内容は、それだけ。過去のニュース記事の見出しでも、もちろんリンクが貼られているわけでもない。                       ・・・・  2015年11月30日とは、ちょうど今から一週間後の日付だからだ。  その味気ない一文の後にいくらか改行が続いて、最後にぽつりと人名らしきものが書かれていた。それはタレントAの名前とは別のもので、俺のよく知る名前だった。  ――武村正輝。 「冗談だろ。何でこんな所に俺の名前があるんだ」  武村正輝、とは紛れもなく俺の名前だ。だがそれが受け手である俺を指すものなら、名前は文頭に置いて敬称くらいつけるだろう。それが文末、添え物のように書かれているとなると、書き手の側を表しているように見て取れる。つまり『このメールを送信したのは武村正樹という人物だ』と。
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