第1章

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 命が大切だとか人類皆平等だとか、そんなものは社会って枠組みの中に上手く収まっている人間だけに適用される話だ。  道を踏み外した人生の落伍者には大切にされるだけの価値はないし、他人は価値のないものには振り向かない。言わば路傍の小石で、結局は俺もそんな無価値な人間のうちのひとりなのだ。  カーテンを閉め切った暗い部屋の中で、俺はこれまでにも幾度となく繰り返した怨み言と自己否定を今日もまた繰り返していた。トイレと数日おきの風呂以外には部屋から出ない日々、はたから見れば異常なんだろうが、それさえ心地よいと感じられる程度には気力を失っていた。動くのが面倒で面倒で、堪らない。 「お兄ちゃん、起きてる?」  もう夕方、なのだろう。階下のリビングから、妹の声が響いてきた。学校から帰ってきたのだ。本当は返事をするのも煩わしい。しかし、何も言わなければ何も言わないで執拗なまでに呼ばれ続け、最悪の場合は部屋の扉まで開けられてしまう。 「――ああ」  寝転がったベッドの上、俺は感情の欠片もない一単語だけを返した。期待と世間体を押し付けようとした両親は嫌いだが、歳の離れた妹はそこまででもない。その俺の気持ちを見越して生存確認に妹を使うのだから、両親はやはり、嫌いだ。  俺だって最初からこんなだったわけでも、なりたくてなったわけでもない。大学は卒業したものの、就活が上手くいかなかった。それだけだ。意味を持つまでに達しない努力はどれだけ積み重ねても結局無意味なのだと、俺はその時に痛感した。疲れもした。少しばかり休みたい、くらいには思っていた。  だが周囲の人間というのは無責任な期待を背負わせ、不安を煽り、果てにハズレくじでも眺めるような濁った眼差しで俺を諌めるのだ。人の気も知らずに。  なかば強制的な後押しを受けて神経をすり減らしながらもがき、ある時ついに限界を超えてしまった。なるべく現実と向き合わずに済むように部屋にこもり、もうそろそろ二年ほどが過ぎる。変わらない毎日の繰り返し、発する言葉はほぼ、一日ひと言。  死にたくないと生きたくないを比べて、ほんの僅かに前者が勝ったからなんとなく息をしている毎日。唯一の日課である生存確認が済んで、あとは布団の中で蠢きながら寝るだけ――  例のメールが来たのは、そんな時だった。
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