第1章

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 迷った挙句、俺はメールを開いた。空白しかない件名が不気味に見える。震える手で本文に目を通して、俺はそのまま息をするのも忘れていた。 『父 武村正和、くも膜下出血で死亡。2016年4月11日 没』  今度の日付は少し先――いやでも、親父が――親父が死ぬ?  意味が分からない。必死で気を落ち着かせ、短い文面を何度も読み返した。何度読み返しても、どれだけ考えても、理解も納得も、できない。  父は絵に描いたようなごく普通のサラリーマンだ。まだそこまで年寄りでもない。羽目を外しているところなどほとんど見たことがなく、生真面目に働き、家族を支え、ごく普通に死んでいくであろうはずの人だ。  最近は確かに、老け込んだ感はある。ときどき部屋から顔を出した時などに目にする親父の顔はひどく疲れた様子で、頭に白いものも増えた。少なくとも、俺や妹が幼かった頃のようには笑っていない。  両親は嫌いだ。親父は今の俺を見る時、いつもむずかしい顔をしている。  ――けれど、その原因の一端は俺自身が作ったものかもしれないのだ。  両親は嫌いだ。しかし、『死ね』とまで考えたことは、そういえば、ない。  とにかく、親父には、家族には生きていてほしいのだ。それは今まで見ないふりをしていた、俺の本心だった。  未来を変えるなら、親父の体に異変が起こりつつあるのを俺からさりげなく伝えなければならない。が、これまで意地になって引き籠っていたものがいきなり出ていくのも気まずい。となると電話、いやしかし最近口をきいた覚えもないし、メールだと……変えたばかりのアドレスではそれこそ悪戯に見えてしまいそうだ。どうする、どうすれば。  結局その日のうちに結論は出ず、俺はベッドの中で眠れない一夜を過ごした。煩悶を抱え、これまで以上に様々なことを考えた。考えて考えて、最終的に何かと理由をつけては現状維持。それが今までの俺の生き方ではなかったか――。
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