第1章

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 待ちかまえる測定係のかけ声に、ゆっくりと助走を付けながら駆け出すその姿を見るとはなしにぼんやりと眺める。陸上部で普段から走っているだけあって、やっぱり走り方のフォルムがどことなく他の女子よりも綺麗だ。すとん、と勢いよく飛び上がり着地するその動きに合わせてポニーテールが生き物みたいにシュンと揺れるその姿も、見ていて中々に心地が良い物がある。  パチパチパチ。まばらな拍手のその音に混じって、仲がいいらしい女の子たちからは口々に感嘆の声が聞こえる。 「ふみちゃんすごーい、きれーい」 「だいぶ飛んだよね? 新記録かも」  佐伯文子さん、5m20cm。記録係の読み上げた数字に、ハーフパンツに飛び散った土をはらっていた佐伯さんは顔をくしゃくしゃにして得意げに笑う。 すごいねー、さっすがー。測定を終えた子たち、そうじゃない子たち、友達の輪に飛び込んでハイタッチをする姿は素直に眩しいし、可愛いとも思う。ほら、ちゃんと女の子だって魅力的だと思えるよ? そんな当たり前のことを思いながら視界の端でそっと、続く男子の少し重量感のあるそのジャンプと、しなやかなその筋肉がずっしりと土を踏みしめ、砂埃を巻き上げるその様をぼんやりと眺める。 「次、下田有香子さん」 「はいっ」  聞き覚えのあるその名前と少し鼻にかかった甘い声に胸の奥がぐらつく。僕を好きだと言ってくれたその日から少しだけ特別になった、その女の子の名前だ。 告白された側と、それを断った側。元々すれ違いざまに挨拶を交わすくらいだった僕たちの関係がそのせいで大きく変わるなんてことは無いけれど、気まずく無い訳がない。  とりあえずはあまり見ないようにしよう。そう意識したままくたびれたスニーカーによじ登ろうとする蟻の姿に瞳を細めるようにしながら、唇をほんの僅かに噛みしめる。僕の出番は、まだもう少し先だ。 「この子髪型変えたのね、かわいい」 「ほんとだ、良いなぁパーマ。うち、校則厳しいもんなぁ」  ソファにもたれたまま肩を寄せあってテレビのバラエティを見る祈吏と母さんの姿をぼんやりと見ながら、スマートフォンの画面を眺める。この所少し肌寒くなってきたので、祈吏はミルク色の膝の上まですっぽり覆う長さのもこもこしたパーカーを部屋着にしていて、華奢な体がゆったりとした布地にくるまれたその姿はシロクマかあざらしの子どものようでとてもかわいい。
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