第1章

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 帰り支度をしていた時、隣の席の女の子たちは好きな男の子の使っているシャンプーを特定したと、嬉しそうにはしゃいでいた。何でもドラッグストアの香り見本をひとつひとつ確かめては同じ物を探したらしく、恋する乙女の情熱というか執念というか、そういった物はすごいなぁと素直にそう思う。 そういえば家族だから当然、祈吏とはシャンプーもボディソープもみんな同じだけれど、そういうのはやっぱり嬉しいものなのだろうか。生まれてこの方当たり前すぎて、よくわからない。  今はこうして同じ香りで居られるけれど、そのうちにどちらかが家を出ればそれも終わりだ。そう思うと確かに少し寂しいような気持ちはなくもないけれど、あまり先のことは考えたくないなぁと思う。今でさえもう手いっぱいなのだから。  ぼんやりともやのかかったようなそんな気分に浸っていれば、その流れを追い払うように手にしたスマートフォンが振動を伝える。ああ、もうそんな時間か。寝ころんだ姿勢からすっと立ち上がり、くつろぐ母さんと祈吏の邪魔をしないようにするりとリビングを抜け出る。台所には、まだ微かに夕食のお浸しと煮物、それにお味噌汁の懐かしいような胸をすく匂いがふわりと漂う。  そういえば今頃イギリスはお昼だっけ。ちゃんと食事はとっているのだろうか。手先は器用な癖に料理だけはテンでダメで、一人にしておけば何も塗らない食パンだとかリンゴだとかクラッカーだとか、そういったロクに血や肉になりそうにない物ばかりをボソボソと口にしていた薄いあの身体を思い出して、懐かしいような痛ましいような、そんな気持ちがふっと胸に浮かび上がる。  はやるような気持ちになりながらドアを開けて、待機状態だったPCを立ち上げる。一応少しだけ乱れた髪を整えてからスカイプにサインインすれば、先に待機してくれていたらしいその姿が画面に映し出される。 『ハロー、カイ』 「ハロー、マーティン」  ザラザラとした粒子の荒い画面の中でぶんぶんと両手を振るその姿を前に、僕も同じように手を振り返す。地球四分の一周先、ここよりも9時間前の世界はまだお昼過ぎで、赤みがかかったストロベリーブロンドが光に透けてきらきら光るその姿がよく見える。 「髪、伸ばしてるの?」 『ああ、忙しくて切りに行けなくて。だらしない?』 「よく似合ってるよ。カッコいい」
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