第1章

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「だから違うの。そういうのは順番とかタイミングとか、他にもいろんなモンがあるわけ。大体ねえ、俺はカイと違ってモテるわけでも自分に自信があるわけでもないの!!」  告白されたばっかりの色男がなにを言う。呆れと同時に不思議な穏やかさが胸にそっと込み上げてくるのを感じながら、丸めた背の向こうに覗く、子どもの頃からずっと変わらない焦げ茶の縁取りの丸い壁時計の秒針がせわしなく時を刻むその様をじろりと睨みつける。  あれから幾ばくかの時間の経ったその後、その彼女とも元通りのバイト仲間の関係に戻って、片思いのその子と春馬の恋の方はと言えば無事に実を結んだというのだから、絵に描いたような大団円とは案外身近にあるらしいと僕は思う。ありふれたそんな顛末をそれでもどこか眩しく感じてしまうのは、それが僕にはきっとたどり着けないゴールだからだと分かっているからだ。  如何にもばつが悪そうに俯いたまま、ぼそりと僕は呟く。 「……比べたくなくても比べることになるじゃん、絶対」 「まぁ、そうなるか」 どこか気まずいそんな空気に見舞われた所で、絶妙のタイミングで間を読んだみたいに、ガチャリと玄関が開く音がする。 「ただいまー。あれ、誰か来てるの?」 「おかえりー」  傍らで、何でだか緊張でもしたかのように親友は僅かにその身を堅くする。 すたすたすた。小気味よいその足音が部屋の前で止まると、ガチャリとドアノブに手をかける音がする「あけていい?」いいよ、とそう返事をすれば、ドアの隙間から見慣れた焦げ茶のブレザーの制服姿が顔を覗かせる。 「あ、春馬くん」 人当たりの良い春馬を気に入っているらしい祈吏(いのり)は、そう言って少し嬉しそうに、よそ行きの顔をしてニコリと笑う。 「おじゃましてます」 「いいよ別に、気にしないでくつろいでね?」  ぺこりと小さく頭を下げるその姿を前に、瞳を細めるようにして祈吏は笑う。その仕草につられて、カラーリングした少し赤みがかった茶色の髪が揺れる。胸のあたりまで伸ばした手入れの行き届いたその髪は少しうねりのある細くやわらかな猫毛で、指を通して掬い上げればはらはらと滑り落ちてしまうだろうことが容易に思い起こせて、それだけで僅かに胸の奥がざわめく。 「今からチサちゃんのとこに行くから、朝も言ったけど一応お母さんに伝えておいてね。帰りはたぶんねー、21時前」
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