第1章

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「帰る前にメールしなよ。後、暗いから気をつけるように」 「だいじょぶだいじょぶ、うちまで送ってくれるっていうから。じゃあ、わたし着替えたらすぐ出るから」  春馬くん、またゆっくり遊びに来てね。愛想笑いと共にそう言いながら、足早に通り過ぎて行くその足音と共に気配が遠ざかる。たまにしか見られない、少しよそ行きのあの笑顔。それが見られただけで、春馬を連れてきたその甲斐があるもんだ。 「…………」 なんだかいやに長く感じた沈黙のその後、遠慮がちに口を開きながら春馬は言う。 「……良かったの、ここで。祈吏ちゃん帰ってきたじゃん」 「別にいいよ、もう出かけるっていうんだし」  壁に貼った、CDショップでもらった使い古しのポスター。どこかの海外のフェスで、熱狂する何万人もの観客の渦をものともしない様子でマイクを握りしめて熱唱するロックスターの写真をぼんやりと眺めるようにしながら、僕は答える。 「それに、誰か他の相手に聞かれた方がよっぽど面倒だ」  たとえばほら、告白を断ったあの子の友達とか、そのまた友達とかね。苦笑いをする僕たちの時間を彩るバックグラウンドミュージックみたいに、明るいその「行ってきます」の声が響く。  祈吏は僕の家族で、姉で(歳はおんなじだけれど)、一番身近な異性で、そして、僕が誰よりも大切に思っている女の子だ。 なんせ双子なのだからお母さんのお腹で育った時からずっと一緒で、僅かに祈吏の方が出てくるそのタイミングが早かったから姉だということになっているけれど姉だと思ったことなんて一度も無い。(何かにつけて「お姉ちゃんだから」と カッコつけるその姿は可愛いとは思うけれど。)  双子だと言っても、僕たちは二卵性の男女として生まれてきたのでそっくり同じ顔をしているわけではない。アーモンド型の僕の瞳と違って祈吏の瞳は少し縦に幅が長くて黒目がちで僅かに目尻が垂れ気味だし、丸い鼻の先は僕の方が少し尖っている。横を向いた時のおでこと頬のラインは祈吏の方がほんの少しまあるくなだらかで、下唇が少し厚めで何も塗らなくてもほんのり赤いところは少しだけ似ている。
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