第1章

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 どこか憮然とした思いを隠せないままそう呟きながら、ぽす、と力無くクッションを殴る。大体なんでこんな話してるんだ、こんな真面目なトーンで。窓の外からは近くの小学校が流しているらしい注意喚起放送が流れていて、あま苦いこんな気分を華麗にぶち壊してくれる。  もうすぐ午後17時になります、外で遊んでいる子たちは必ず二人組以上になっておうちに帰りましょう。まだ子どもと言われた歳の頃は、よく祈吏と二人で家に帰ったことを今更のように僕は思い返す。祈吏と当たり前に手を繋いで歩いていたのは幾つまでだろうか。最後に手を握った時の感触は、生憎思い出せない。 「でもさー、そこまで言われるとやっぱ気になるよね。その、カイの元カノ。あれだっけ、今も時々やりとりしてるんでしょ?」 「……そうだけど。言ったじゃん、前にも」 「イングランドリーグとロックが好きでコーヒー淹れるのと鍋焦がすのが得意で、鯨のぬいぐるみと寝てるんだっけ? だからまぁ、そういうのじゃなくって」  如何にも興味深げにこちらをのぞき込むそのまなざしに、やれやれと大げさなため息でも返してやりたくなる。(やらないけど) 多分春馬が聞きたいのは有名人の誰に似てるのかだとか、どんな体つきなのかとか、キスが上手いのかとか、恐らくはそういうことなのだろうと僕は思う。それでも、約1000km離れた場所に残してきた恋人がどんな相手だったのかなんてことをより具体的に伝えたくないのには、こちらにだってそれなりの理由があるのだ。気が乗らないその態度を隠すつもりもないままに、素知らぬ顔で僕は答える。 「じゃあ新情報、鯨の名前はビートルだよ」 「や、だからそういうことじゃなくてね?」  尚もおどけた様子でそう切り出す彼を前に、わざとらしく顔をしかめるようにしながら僕は答える。 「だいたいさ、前にも言ったじゃん、その『元カノ』って言い方、好きじゃないって」  そもそも、恋人が女の子だったなんていつ言った。 「ねー、この番組見てる?」  ソファに背中を預けたままぼんやりと雑誌をめくる僕に、律儀に祈吏は尋ねる。 「別に、見たいのがあれば変えていいよ」 「ん、ありがと」
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