第1章

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 答えながら、サイドテーブルにおいたチャンネルを手に取ると目当ての番組をつける。きらびやかなそのセットの中では、ホスト役のお笑い芸人に招かれるようにして祈吏が好きだと普段から散々口に出している俳優のその姿がさっと画面に現れる。  主演映画公開間近、ただ今人気急上昇中の邦画界のエース。賑々しいそんな字幕と「本当にカッコいいですね!」なんてはやし立てる声に取り囲まれながら、仕立ての良いスーツに身を包んだ彼は無駄のない身のこなしで司会役の男たちに次々に挨拶を交わす。 肩から腰にかけてのなだらかなライン、適度に引き締まった体躯、少し面長気味の筋張った骨格に乗った皮膚、薄くて端が微かにめくれあがった唇。あまり芸能人に興味は無いけれど、セクシーだと素直にそう思う。画面を見張る祈吏のその横顔を盗み見れば、素直に嬉しそうに彼を見つめているのが手に取るように分かる。  噂のイケメン俳優、○○の知られざる私生活とは! 仰々しい煽りと共に、フリップを持つ司会の男の手に力が入る。噂になった女優とのことをほのめかしたいのだろうと、そう思う。でもこれはTVショウの世界だ、どうせ綿密な打ち合わせの上でほんの少しだけ恋人のその存在をほのめかすようなことを言って、それで終わりだ。 (どうせなら、画面の前に居るだろう何万もの女性の期待を裏切るような爆弾を投下でもしてほしいところだけれど) (その中の一人に、祈吏もいるわけだし)  どこか意地悪なそんな気持ちを内側に潜めたまま、もしかすれば祈吏は彼に抱かれたいのだろうか、などと少し思う。まぁそんなこと、聞けるわけもないけれど。  わざとらしい煽りに続く煽りで話を引っ張りながら、番組はいつの間にかCMに切り替わる。打って変わって画面に映し出されるのは、ショートパンツとタンクトップからすらりと伸びた手足を投げ出して清涼飲料水のボトルを手に駆け回る女の子だ。これ以上はもういい、戻ろう。黙ったまま立ち上がる僕に、テーブルで家計簿を付けていた母が声をかける。 「カイ、部屋に戻るなら洗濯物持っていってね」 「ん、わかった」  少し生地が厚手なせいで一日で乾かなかった、きちんと折り畳まれたパーカーを僕は手に取る。胸に抱いたそれに少し鼻を近づけると、当然だけれど祈吏の服と同じ柔軟剤の香りが微かに漂う。
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