第1章

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「……どうしたの、カイ」  オレンジジュースにそっと口をつけながら投げかけられる言葉を前に、たおやかに瞳を細めるようにしながら僕は答える。 「いや、なんていうか。幸せだなぁって思って」 「どうしたのいきなり、おじいさんになったみたいだよ?」  クスクスと笑うその顔を見つめたまま、ドライフルーツとシリアルのたっぷり入ったヨーグルトをスプーンで掬う。すぐにしなしなのブヨブヨになるコーンフレークは苦手だったけれど、シリアルってなんでサクサクしたままなんだろう。マーティンに聞けば知ってる気もするけれど、どうせ聞いたって覚えられないだろうからいいかな、なんて思う。 「コーヒーと牛乳のストックが切れそうだよ。水はまだ大丈夫かな。あと、ハムはさっき使い切っちゃったみたい」 「スーパーまで後で行こうよ。確か、途中の公園でウィークエンドマーケットがやってるはずだよね?」 「こないだのおじいさん、また居るといいなぁ。犬がね、すっごく人懐っこくて可愛いんだよ。こげ茶でムクムクしててね、遠目で見るとぬいぐるみみたいにしか見えなくて」  カイに見せたいなぁって思ってたんだよね、すっごく可愛い子だったから。 慈しむように瞳を細めるその姿に、こらえようのない愛おしさが胸のうちで膨らんでそっと滲んでいくのを僕は感じる。  楽しいこと、嬉しいこと、新しく出会った素敵な物、目にした物。 離れていた間はネットの回線を通してしか分かち合えなかった物が、こうして共に過ごせば直接共有出来る。そのことは途方もなく嬉しくて、共通の思い出や経験が増えるにつれて、愛おしさはどんどん膨らむその一方だった。  植物園に海に水族館、近くの公園にブックカフェ、新しく出来たパン屋。特別な場所も、何でもない日常の中で訪れる場所も、マーティンと二人でなら何だって掛け替えのない時間になる。  お互いの部屋での、両親の居ない隙に目を盗んで過ごすひと時が殆どその全てだったあの時から僕たちの暮らしと愛のあり方は如実に変化していて、その日々がくれる喜びはまるで、掛け替えのない宝物のようだ。  一緒に沢山の時間を過ごすようになって、お互い新たに知ったことは沢山ある。  マーティンは僕とは違って寝起きが良くて、朝はいつも先に目を覚ます。  料理はだいぶ得意になったけれど、卵を割るのはまだ少し苦手。
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