第1章

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 顔を洗う時、鼻歌を歌うクセがある。(自作と既存のお気に入りの曲が半々ら しい、選曲は気紛れに変わる) 僕が恥ずかしがったり強がりを言ったりする姿を見るのが好きで、時々意地悪になる。(僕のことを意地悪だなんて言うけれど、マーティンだってそうだ)  キスをする時、耳を触るのが好き。  それから何より大切なこと。マーティンは僕のことが大好きで、僕だってマーティンが心から大好き。  沢山の時間と苦しさを乗り越えたその先で手にした、狂おしい程の幸福な恋をしていた。  録画したドラマを観て、それから少しだけ課題をして(その間のマーティンは持ち込んだノートPCで調べ物をしてくれていたようだった)、いい時間になったので簡単な食事をした後、きちんと着替えて約束通りに買い物に出ることにする。  支度をしているあいだ玄関先で繋いでいた手は、ドアが閉まるのと同時にそっと離す。 「外にいる間は友達同士でいよう」  少し残酷かとは思いながらも、これからの為に決めたルールがそれだった。 お互いの家族には全て打ち明けては居たけれど、学校ではまだ、同性愛者であることは隠し通そうと入学した時からずっと決めていた。恥ずかしいだとかみっともないだなんてことは勿論思っては居ない。無駄な波風を立てず、関わってくれる人たちを傷付けずに済む生き方が恐らくそうだと信じて、マーティンにも納得してもらったからだ。  この土地には同じ大学から留学に来た数名の同期生が居る。もし彼らにマーティンと手を繋いだり親密にしている所を見られでもしたら、その後どうなってしまうかは分からない。 「玄関を出たら手は繋がない。よっぽど人がいない所だとか、暗くて全然見えない時は特例ね」 「顔を近づけて話すのも止めだね」 「キスは元々、人前でするのははしたないと思うけれど……玄関のドアを閉めるまで我慢しよう。出来るよね?」 「そんなこと言われたら玄関先で最後までしちゃいそうなんだけど」 「……君、大人になってから明らかに大胆になったよね」  ちょん、と鼻を摘みながら答えれば「カイのせいじゃない」と笑いながら頬をつねられたのをよく覚えている。  手を繋げないのは寂しいけれど、一緒に居られることの方が何より大事だから。
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