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手持ち無沙汰な掌をふらふらと泳がせたまま隣り合って歩く。薄曇りの空の下、街路樹の揺れる葉越しに水色と灰色を混ぜたみたいなのっぺりした空を見上げる。
「さっきはラッキーだったよね。あのジャケット、前から気になってたんだ」
よく立ち寄る服屋でイレギュラーなセールに運良く巡り合ったマーティンは、ショップバッグ片手に鼻歌を口ずさみながら上機嫌の様子で歩く。
洋服屋にレコードショップ、本屋に公園(おじいさんは居なかったけれど、違う種類のとても可愛い犬には出会えた)、いつもの決まりきったような周回ルートを一巡りしてから、日用品を求めてスーパーを目指す。界隈でもとりわけ大きなこの店は利用者も多い為、近隣に住む顔見知りと会う可能性はとても多い。外で待ってようか? なんて言われたけれど、一人でする買い物は味気なくて寂しいので、結局毎回つき合って貰っている。
生鮮食品を一通りに日用品、コーヒーはマーケットの出店で買ったので、隣のレーンの缶詰コーナーを覗く。
「このパスタの缶詰って、最近よくイギリス土産にって聞くよ。怖いもの見たさみたいな感じで」
「まー、日本人の考えるパスタとは別物だからね。うちではそんなに食べなかったけど」
買うつもりもない缶詰を手に言葉を交わすそのうち、背後からそっと聞き覚えのある声がかかる。
「海吏くん」
「砂原(すなはら)さん」
大学の同期生、同じく留学コースの特待生だった彼女は、ずっしり重そうなカゴを抱えたまま、トレードマークの赤い眼鏡の奥の瞳をそっと細めて微笑む。
「お話中ごめんね、さっきから遠目に見かけてそうかなーとは思ってて……」
遠慮がちなその視線は、当然傍の彼の存在をちらちらと意識しているのが分かる。パチリ、と軽い目配せをしたのち、僕は言う。
「砂原祥子(すなはらしょうこ)さん、学校のクラスメート。彼はマーティン、こっちの友達」
「こんにちは」
にこやかに微笑みながら差し出すその手を、どこか遠慮がちに砂原さんは握り返す。全く持って慣例通りのスムーズな挨拶。
「マーティンは日本語大丈夫だから」
「読み書きはだめだけれど、話すのはね。英語の方がいい?」
「いえ、どちらでも」
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