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少し強張った、それでもたおやかな柔らかさを感じさせる笑顔を前に、ブルーグレイのその瞳が微かに揺らぎながらそっと細められる。この笑顔を僕はよく知っている。『僕の友達』でいる時のマーティンの笑い方だ。
「今晩はパスタ? タイムリーだね。ちょうどその話をしてた」
黒オリーブ、乾麺、マッシュルーム、ベーコン。カゴの中身をそっと覗きながらマーティンは言う。
「これは通好みだから日本人向けじゃ無いけれど……」
パスタ缶の横、トマトの水煮へと視線を移しながら彼は続ける。
「トマトは酸味の強いのと少し甘め、どちらが好き? こっちのメーカーは少し酸っぱいけれど、好みだからね」
「あまり酸っぱくない方が……」
「そう、じゃあこれかな。値段はどっちもあまり変わらない」
差し出された缶を、ありがとう、とすっと彼女は受けとる。
「ごめんね、余計なお世話で」
「ああ、いいの。わざわざありがとう」
おだやかに首を横に振るその仕草に連れて、顎のあたりで切り揃えられた髪がはらりと音も立てずに揺れる。
「じゃあ、また学校で」
「うん、また来週」
どこにでもある、ほんの一瞬の些細な日常。ほんの少しだけ後ろめたいのは、多分きっと気のせい。
「……やっぱり外に居た方が良かった?」
うんと小さく影が遠ざかったのを確認したその後、どこかいじけたみたいにシャツの裾を引っ張りながらマーティンは尋ねる。
「別にいいでしょ、そしたら彼女のパスタソースが酸っぱくなってたし」
いいことしたじゃない、ね? 機嫌を取るように答えれば、子どもみたいに口の端をキュッとあげて微かに微笑む、よそ行きじゃない『僕の恋人』のマーティンの笑顔が広がる。こういう時、手を握れないのは少し不便かな。まぁいいか、恋には少しくらい障害があった方が燃え上がるだなんて、昔祈吏の部屋で読んだ少女漫画にも書いてあったし。
ぼんやりとそんな思案に明け暮れながら、手にした買い物カゴのハンドルをぎゅっと握る手に力を込める。
[My Shooting Star]表題作より抜粋。他、計5編のお話を収録しています。
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