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傘をくれ
学校帰り、友達に付き合って書店に寄った。用件は数分ですんだが、外へ出るとかなり強めの雨が降っていた。
天気予報通りの雨。お互いに当然傘は持っている。
だけど雨足が強すぎて、どうせなら、もう少しだけ小雨になってから帰ろうかと、店先で空模様を窺っていた時だった。
土砂降りの中を、男の人がこっちへ向かって来るのが見えた。
雨宿りのために店の軒先へ駆け込んで来たのだろうか。…それにしては動きが遅いし、そもそも、軒の手前で足を止めてしまっている。
何だろう、この人は。
そう思った瞬間、ふいに男が手を突き出した。
上に向けられた手のひら。その指先までも雨に打たれた男が言う。
「傘を、下さい…」
見ず知らずだとか、こっちだって使うのにとか、そういうことよりも、まず、『今更?』という考えが頭をよぎった。
どのくらい雨の中にいたのかは知らないけれど、男は全身びしょ濡れで、今から傘を差したところで、もう手遅れだろうとしか思えない。
それでも、体が冷え切っているから、今更でも傘が欲しいのかもしれないし…いや、でも、こうなる前にコンビニに駆け込むくらいはできたんじゃ…。
色んな考えが脳内を巡る。そんな俺の隣で友達が動いた。
「これ、どうぞ」
雨の中に進み出て、丁重に、柄の方を男に差し出す。
冷えて動きが鈍いのか、男はやたらゆっくりと友達の傘を受け取った。
「…傘、傘、傘! 傘だ!」
柄を握るなり男が笑い出す。傘だと連呼しながら受け取った傘を広げる。
礼の言葉どころか頭を下げることさえせず、男はさっまでとは裏腹な速さでその場を走り去った。
「…何だあれ? 頭おかしい人?」
「う、ん…そうかも」
「お前、あんな人に傘やっちゃってよかったのか?」
「うーん。でもまあ、コンビニ買いのぴにー傘だし、下手に断ったら、刺される可能性とかもありそうだったし、ま、いいかなって」
刺される可能性…それは確かに高かったかもしれない。
傘くらい、どこでだって手に入れられるし、俺達みたいに雨宿りをすることだっていくらでもできる。なのに豪雨の中をわざわざうろついて、赤の他人に傘をくれと要求するような人物だ。決めつけるのはよくないけれど、やはり精神を疑うので、ビニール傘一本で退散してくれるなら結果としてはよかったのかもしれない。
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