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(──……何か聴こえた)
墓場のような静謐に包まれた迷宮で、耳を澄ましていた私はその異変に気づいた。
(遠くで……何かが鳴っている)
それは微かなモーター音だった。電車だろうか? それともエレベータか?
(音が……近づいてくる!?)
私は歩みを止めているのに、その音はたしかに動いていた。それもゆっくりと、おそらく歩く速度で……。
(この迷宮監獄に、私以外の者がいるのだろうか?)
その迷い人が持った物が鳴っているのかも知れない。でも、誰がいるのか? 何が鳴っているのだろうか?
そんな疑問の嵐が私を苛んだとき、自然と浮かんだ疑念が心に刺さった。
(この迷宮で23回も死んだ原因は、誰かがこの私を殺しているのでは!?)
それは怖ろしい答えだった。
それを考えたときに、遠くで鳴る音の正体が判明した。
(あれは……チェーンソーが鳴る音だ)
樹を切る工具だ。太い大木を切断する道具だ。小さな鋭い刃を高速で回転させて、対象物を両断する危険な機械である。
けれども、この迷宮に大木は存在しない。存在するのは、私とチェーンソーを持つ者だけである。
それでは、チェーンソーは何を切るために──
(それは、私を殺すためだ!)
否も応もなく辿り着いた結論に、私の心は砕けそうになった。
(私を切断するためだ! 私を切り刻むためだ!)
身もよだつ恐怖に、頭の中が白くはじけた。
チェーンソーで切断される自分を、高速で回転する刃が皮膚を引き裂く感触を、肉を引き千切る激痛を、骨を両断するガリガリとした音を、それらを想像して眼から涙が止めどなく落ちた。
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