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「ゲン…………っ!」
目の前まで全力疾走してきたエクートが、雪に足をとられて滑りそうになった。その肩を抱いて、エクートを支える。
エクートは青白い顔をしていた。こんな顔をしたエクートを見たのは久しぶりだ。確か……
「ゲン、魔王さんが……魔王さんが!」
俺の腕にしがみつくエクートは、息をするのも大変そうな様子で俺を見上げて言った。
……魔王?
頭の中で反芻する。懐かしい呼び名だ。
何度か繰り返したあたりで、クーゲル・アトレクスの顔がようやく思い浮かんだ。
だが、クーゲル陛下はエクートの夫だ。何を今さら昔の呼び名で呼ぶ必要があるんだろうか。
「クーゲルがどうしたって?ケンカでもしたのか?」
とにかく、1度話を聞いてみないことには。
そう考えた俺は、エクートの顔の高さまで屈んで言った。
見ると、エクートは目に涙を浮かべたまま、俺の顔を凝視していた。何か言うと思ってしばらく待ったが、相変わらずポカンと口を開けたまま微動だにしない。
朝日も登る前だというのに、2人とも薄着のまま、外に立って、黙って見つめ合っている。この、奇妙な状況。
残念ながら、今の俺はシャツ姿だ。コートでも着ていたらすぐに差し出してやるんだが、まさか寝間着として使っている臭いシャツなんか着たくないだろう。
いつまで経っても、そこだけ時間が止まっているかのように、エクートは硬直している。折角早起きした時間が惜しい。いっそ素振りしながら話を聞いてやろうか。
……おい、何か言ってくれ。
いい加減、寒くなってきた。
「エクート、ほら、取り敢えず部屋に入るか。お前裸足だろ」
「……ゲン…………」
エクートの口元が歪んでいる。声も何だか震えていた。
……マズイ事でも言ったか?
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