ハクモクレン

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ー1ー 誕生日は、一年に一度の特別な日。だからこそ、心穏やかに過ごしたい。覚えててもらわなくていい、祝ってもらわなくて良い、ただただ、平穏に、ちょっとだけリッチな甘いものがいただけたら、それで十分だ。 「お嬢さま」 大きな屋敷の小さな部屋に、言葉の意味とは裏腹な、慇懃無礼(いんぎんぶれい)な声が響いた。 「そのドレスに、その被り物は可笑(おか)しゅうございます」 似合いません、全然。 「カズラ」 眉間に皺を寄せ、コウは、あどけなさが残る赤茶の瞳で、相手の姿を睨んだ。 「それって、『おはよう』の前に言う台詞じゃないよね」 「そのまま出席なさるおつもりだったのでしょう」 「朝一番の嫌味って、どういうテンションで思い付くの?」 頭に乗せかけた白い帽子を名残惜しそうに見つめて、ため息と共にクローゼットの中にしまう。全く気乗りしないこれからの苦行に、少しでもお気に入りのものを身につけて乗り切ろうと、選んだものだったのに。姿見に映る長い黒髪の女性が、桜色の唇をへの字にしてこちらを見つめている。カズラは、追い打ちをかけるように付け足した。 「お嬢さまは、絶望的にセンスがありません」 髭を上下に動かしながら、もっともらしい表情でのたまう。 「変な格好でパーティーに出席したら、追い出されるやもしれませんぞ」 「願ったり叶ったりです」 「それによってお父上の会社が傾いたら、我々にとっては死活問題ですな」 確かに。 この住み慣れた家も抵当に入り、大学も中退しなければならなくなるかもしれない。 だけど何もわざわざ、自分の二十歳の誕生日に、会社のレセプションパーティーを予定しなくていいのに、と思う。あの人のことだから、娘の誕生日なんて覚えてないのかもしれないが。 これ以上、刺激なんていらない。 考えれば考える程、テンションが下がる。陰々滅々(いんいんめつめつ)とした気分を払拭するように、サイドテーブルに置いてあったコーヒーを口にしてから何気なく時計を見上げ、地球の裏側にまで届きそうなくらい長いため息をつき、渋々自室の扉に手を掛けた。
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