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カーペット敷きの長い廊下をゆっくり歩く。この屋敷にたくさん配置された、大きな窓から見える景色は美しい。まるで手を伸ばせば届きそうなくらい、一面に広がった抜けるような青空に、葉を落としきった落葉樹の枝幹がよく映えている。ガラスの向こうで風が吹き、細い枝先が揺れ、そこに漂う冷えた外気が流れ込んできた気がして、思わず剥き出しの腕を擦った。
「羽織りものをお持ちになった方が良いのでは?」
「何でついて来るの」
音も立てずに、後に続いていたカズラを振り返る。
「あんまり部屋から出ないで」
「承知しております」
これ以上、刺激はいらないのだ。自分もカズラも、普通じゃない。普通じゃないことはこの世界では罪なのだと、泣くことを諦めてしまうくらい、昔、叩きこまれた。
「せめて、お見送りを。あなたを一人で送り込むのは本意ではありませんが、わたしは公衆衛生上、参加することができませんから」
そう言って、膝あたりでめくれ上がっていたドレスの裾を、白く小さな手でちょいちょいと直す。急にそんな殊勝な態度に出られたら、無下に追い返す訳にもいかなくなって、複雑な表情でその姿を見下ろした。カズラに口で勝てたことはない。猫なのに雄弁なのだ。
「分かった。万が一、誰かに会ったら、ニャアって鳴いてね」
カズラはただの白猫だ。ただ、日常使う言葉が人間のそれと同じ、という所が、他の猫とは違うだけ。一見ただの白猫だからこそ、絶対に知られてはいけない。知られたらきっと、これからが変わってしまう。
「お嬢さまにはやはり、この色がお似合いですね」
呑気な調子で、フサフサした尻尾を揺らすカズラを見ながら、思う。口は悪いけど、いつどんな時でも一緒にいてくれる相棒が居なくなるなんて、考えられない。だから自分は、この生活を守るために、やれることを、やる。
今日から二十歳。無抵抗に、流されるしかなかったあの頃とは違う。
コウは、パーティー会場のある別棟へと繋がる扉の前で、立ち止まった。柔らかい肉球が、コウの足先をポンポンと撫でる。
「行ってらっしゃい」
白ウサギに似た、ルビイのような瞳が優しく揺れる。
「どうしても無理なら、飛び出ておいでなさい」
扉の向こうには、彼女の苦手がたくさん待ち受けている。カズラの小さな体温を足の甲に感じながら、コウは大きく深呼吸をして、紅いドレスの脇をキュッと掴んだ。
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