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そんなことをつらつらと頭の片隅で思い返しながら、理解不能なお世辞に頬が引きつりかけた時、突如吐気をもよおしたコウは、口元を押さえて少しく背中を丸めた。こめかみがじくじくと痛み、漂うアルコール臭が吐気を増幅させる。まただ。ここ何年か、毎年ひどくなっている。
「コウさん?」
男性が屈みこんで、顔を覗いてくる。
あぁ、心配してくれるのは有難いけど、もう喋らないで。
コウは気力を振り絞って顔を上げた。
「ちょっと飲みすぎてしまったみたいで…」
その演技は目の前の男性にとってアカデミー賞級だったらしく、気のせいかといった風にあっさり体勢を戻した。
「お話の途中にごめんなさい、失礼します」
そう言い残し、軽く会釈をしてから足早にその場を去る。
まずい。
人々の隙間を縫って、今にも駆け出さんばかりの足さばきで扉へと向かうその異端さを、すれ違う招待客から溢れる黒い靄と視線が追う。だけど、そんなの構っていられなかった。数年ぶりに出席したその日に、わざわざ会場を一人娘が汚しただなんて醜聞が広まれば、モモカ製紙はいい笑い者だ。
早く出なきゃ。気持ち悪い。限界。
何とか辿り着いた、庭へとつながる扉は思った以上に重く、取手を掴んだままへこたれそうになった。会場の中心で、たくさんの人に囲まれながら談笑していた父が、娘とそっくりな大きな瞳をちらりとコウに向ける。それに気づいていたのか、いないのか、彼女は最後の力を振り絞って扉を押し、飛びこむように庭へと身を投じた。
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