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ー3ー
その昔、モモカ製紙がまだ和紙屋を営んでいた頃、従業員全員が住むところに困らないようにと、父の高祖父が身銭を切って土地を購入していたため、モモカ家の敷地はやたらと広い。そんな広い庭の隅っこで、膝を抱かかえてうずくまる。春もまだ浅いこの時期は、日がのぼっても上着が必要だ。しかし、熱を持ったこめかみにとってはうってつけの清涼剤で、コウは鳴り響く頭痛の元凶まで浸透するように、その冷えた空気を思いきり吸い込んだ。その時、冷たい鼻先とほんの少し冴えた脳が、甘い花の香りを捉えた。
桜の季節にはまだ早いし、香り梅も見当たらない。この時期、こんなに優雅な香りを放つ花ってあったかな。
強い引力で誘う主を探そうと、視線を左右にキョロキョロと動かしていると、ほとり。不意に、一枚の白い大きな花弁が、目の前に落ちてきた。艶やかで厚みのあるそれを手に取ると、魅惑的な香りがふわっと鼻腔を覆い、コウは重たい頭を抑えながら、ゆっくりと頭上を見上げた。視線の先には、灰白色の幹をした一本の高木。さらに上を向いて、そのあまりの見事な様に、大きな目をさらに見開いて言葉を失った。
季節外れの牡丹雪のように、青い空を埋め尽くす真白。大量に咲き誇る、手のひら程の大ぶりの花たちは、風が吹く度その身を散らして、ほとり、ほとり、と紅いドレスの周りを彩っていく。地面に横たわっても尚、気高さを失わぬ白銀の光。なんて美しい。だけど、どことなく、脆い。
そう、次の瞬間にでも消えて無くなってしまいそうな儚さが、この花にはあった。何故だろう、視界が潤み、理由のない痛みが胸を刺した。
辺りの木々がサワサワと音を立て、ひときわ大きな花弁が、紅いドレスの上に舞い落ちた。
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