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「仲良くはないよね」
思ってもみないところにボールを投げられて、頬を引きつらせる。
「え…モモカさんって、そんなキャラ?」
「仲良いか良くないか、の二択で考えたら、仲良くはないかな、と」
「フハハ。なめんなよ、わたしの親友」
さくらが高笑いして、仁王立ちで立ちはだかる。
「ここにおわす方は、あのシラキ先生さえも『この人が恋人だったらな』とか夢を見ない、大物なのだ」
「…シラキ?」
その名前に過敏に反応し、いかにも不愉快ですと謂わんばかりに眉間に力を入れる。
「それって、実習先にいた?」
「そう」
「へー…」
人差し指で顎をトントンと叩き、横目でコウを盗み見る。それから井上は好青年風の笑顔を作って、調子よく言い放った。
「いやー、面白い!やっぱ興味あるわぁ」
自転車を置いてズカズカと近寄ってくると、さくらの隣に遠慮なくドッカと腰をおろした。今日も今日とて、口元からチラチラのぞくマーブル靄に、息が止まりそうになる。色の理由を知ってしまうと、そうそう仲良くなれそうにもない。なるべく靄を見なくて済むよう、真っ直ぐ前を向いて、狭いベンチで右側の二人の言い争いを聞くともなしに聞いていると、どこかでカエルの声がした。呼応するように違うカエルの声がし、やがて数匹連なり、雨を誘う旋律となっていく。だけど、降りそうで降らない温室のような薄曇りの空は、まるで、パンパンに水を湛えた風船のようで、少し動いただけでもじわりと首筋が濡れ、いっそパァンと弾けてくれたらスッキリするのに、と思う。
今年は暑くなるのが早かった。本格的な夏はまだ先だというのに、近年の異常気象には、ほとほと困ってしまう。そのうち日本は、四季をなくしてしまうんじゃなかろうか。花壇に植わっている紫陽花に目を遣る。均等に揃った淡い赤紫の四角い花弁、ギザギザの円を描いた葉っぱ、雨の季節の花。いつか、真冬の花になったりして。あり得なくは無い妄想は、何だかお化けを見たみたいに背筋をヒヤリとさせ、首を振って立ち上がる。
「さくら、鈴木教授の講義、遅れるよ」
現実に戻ろうと、講堂に向かって歩きだしたコウに、井上が声を掛けた。
「休講だってよ」
「え?」
「鈴木教授だろ。さっき、掲示板に出てた」
突発的休講。あの先生あるあるだ。
もう、事前に言ってよ…。
心の中で、小柄なカーネル・サンダースみたいな初老の男性に向かって地団駄を踏む。今日は、この授業のためだけに出てきたのに。
ゲコゲコと響く、カエルのオーケストラが耳元でリフレインしている。何だかスッキリしない。まぁ、そんな日もあるのだろうが。レンの言うように、意識が散漫になっている証拠かもしれない。そういえば、最近、靄への耐久性がまた下がってきてる気がする。さっさと家に帰って、レンからもらった筆ペンで、意識を集中させる練習でもしよう。終わりの見えない、二人の口喧嘩を聞きながらそう思った。
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