アジサイ

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ー8ー 白から桃色へと変化していく、二色刷りのグラデーション。母の墓前に活けた、紫陽花を見つめる。生殖花の周りに花火のように円を描いて散った装飾花の色は、水彩画のようにひっそりと清らかだった。 「(くれない)っていう名前なんだって」 後方から漂ってくる染み付いた煙草の香りに、自然と体が強ばる。 「そうか」 愛想もへったくれもない返事が返ってきた。話題作りの取っ掛かりにでもなれば、と探して買ってきたのだが、いきなり撃沈して背中を震わす。コウは、数珠と一緒に隠し持っていた筆ペンを両手で握り直して、大きく息を吸った。 「お母さん、紫陽花が好きだったって聞いたから」 「…そうだったな」 「うちにも昔はたくさん咲いてたって」 「……」 雨に降られた後、二人に綺麗に水滴を拭い取られた墓石は、太陽の光を反射して眩しく輝いており、それをしばらく見つめていた淳司(あつし)は、やがて無言で(きびす)を返した。霊園管理棟に向かって歩く背中は、誰かさんをみてるみたいで、いい気持ちがしない。 「流行ってんのかな、その去り方」 唇を尖らせながら、父の後を追う。今日は、いつもよりだいぶ涼しい。雨が降ったせいか、空気がスッキリしている。 「高橋さんか?」 突然、前を歩く父が聞いた。まさか喋るとは思ってなくて、反応するのに三秒程要したが、何とかウンと頷いた。 「聞いた、色々と」 「そうか」 「ごめん。知らなかったことが、いっぱいあった」 「お前が謝ることはない」 父の返事にまたまたびっくりして、歩幅が小さくなる。淳司(あつし)は歩く速度を緩め、わずかに首を振った。 「悪いのは、わたしだ。(コウ)は悪くない。何も気にすることはない」 経営者の(さが)なのだろうか、全ての責任は自分が取る、と言っているように聞こえた。これまでの父に対する娘の態度を考えれば、まぁそうもなろうとは思う。レンが言う、【真面目さ】ゆえの反応なんだろうけど、違うのだ。今までと同じやり方じゃ、この頑固な埃は取りきれない。 管理棟に着いた二人は誰もいないロビーで、無言のまま、窓際の特等席を陣取った。開け放たれた窓からは、梅雨の晴れ間の、清々しい風が吹き込んでくる。 「聞いていい?」 セルフサービスのマシンから注いだコーヒーの紙コップを目の前に、コウはテーブルの下で、筆ペンを握り直した。視界の端で父が頷くのを待ってから顔を上げる。 「お父さんは…お母さんを愛していた?」 物心ついてからの父はひたすら多忙で、(うち)で顔を合わせたり会話をしたりした記憶もあまりなく、母が病に倒れ入退院を繰り返してる時さえも、コウのうっすらした記憶の中に、父は一切出てこなかった。成長して同級生の話を耳にするにつれ、周りとあまりにも違う家族像に、父に対する不信感は心の掃き溜めにどんどん溜まっていって、母を見捨てたんじゃないか、という疑いは尚一層深まっていった。 だけど、高橋さんの話を聞いてからは、そんな自分の考えに疑問を持つようになった。実際は、コウの知らない所で、二人はちゃんと向かい合っていたのかもしれない。その証拠に、父は隠す素振りもなく頷いた。 「今でも、愛しているよ」 真っ直ぐな視線と、(もや)の影もない綺麗な口元。気になっていたけれど、少しでも(もや)が見えたらどうしようと、今まで恐くて聞けなかった。とんだ愚問だったろうか。よくよく考えると自分の子どもっぽさに、少し笑いが込み上げてくる。 「そうだよね。お嫁に来てもらう為に、社長自ら、彼女の好きな花を植えるくらいだもんね」 「…そんなことまで喋ったのか」 眉間に皺を寄せ、こめかみに指の関節を当ててぐりぐりとほぐしながら、娘の顔をチラと見る。 「もう、二十歳か」 「うん」 「早いな…」 ふと動きを止めた淳司(あつし)は、口髭の隙間から、重たい息を深く長く吐き出した。 「お前が疑うのも無理はないんだ。わたし自身、自分が死なせたのかもしれない、という後悔が、ずっとある」
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