ハクモクレン

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「ハクモクレンか」 突如、背後から男の声がした。 「祝福の開花だな」 耳に心地よく響く、深い、声。ゆっくりと振り返る。そこには、花を見上げる背の高い青年がひとり、立っていた。最初に目を引いたのは、その髪色。シルバーブロンドというのだろうか。この白い花に、とてもよく馴染む銀色をしていた。 外国の人? でも、やたら日本語が上手い、ほぼネイティブ。ただ黙してじっと見つめてくるコウに、ふと気づいた青年が、口の端を持ち上げ首を傾げた。 「おや、見惚れてた?」 「……」 見てたけど、見惚れてはいない。まぁ、きっと冗談なのだろう。だけど、確かに彼は美しかった。誰が見てもそう思うくらいに。冗談には冗談で返すべきなんだろうか。彼もパーティーの出席者なんだろうか。こういう会話が苦手なんだけどなぁ。色々考えたいけど、頭痛後の気怠(けだる)さで頭が回らない。仕方ないので、無難な応えを適当に投げた。 「そうですね」 「アハハ、投げやり」 「そーでもないです」 「マジメか」 「キレイですから、あなた」 「花、だよ」 「え?」 美青年は、長い睫毛をしばたかせ、完璧な微笑を口許に湛えて言った。 「ハクモクレンの満開を見られるのは、数日だからな。見惚れるくらい、美しいだろう」 青年の方に気を取られていたことは、否めない。勘違いしていたのは自分の勝手だから、仕方ない。そんな諸々の反省を全部棚に上げて、コウはいささかムッとしていた。分かってて、からかわれた気がしたから。部屋で待つ、白猫が浮かぶ。少し似てる。 剥き出しの腕を狙って吹いたかのような冷たい風にブルリと身を震わせつつ、脳内で彼の鳩尾にパンチをお見舞いしていると、その怒りの反動かどうなのかは分からないけど、寒さに耐えきれなくなった知覚神経は、次の瞬間、花弁(はなびら)が飛び散るほどの豪快なくしゃみを、その人の前で披露してしまった。
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